『螺旋墜落』(キャメロン・ウォード)
『螺旋墜落』(キャメロン・ウォード)

 キャメロン・ウォードの本邦デビュー作『螺旋墜落』をお届けする。

 ロンドンの数学教師チャーリーはヒースロー空港でロサンゼルス行きの飛行機に搭乗しようとしていた。眼の前を息子のセオが通っていく。セオはこれからチャーリーが乗る便の副操縦士だ。だが彼は自分の操縦する機に母親が乗ることを知らない。彼女とセオは仲違いをしており、一年近く疎遠な関係が続いていた。彼女は息子との関係を修復するため、息子の住むロサンゼルスへ向かおうとしていた。

 ヒースロー空港を離陸して十時間後の深夜十二時、機体が揺れて急降下し、機内がパニックに陥るなか、機は墜落する。が、チャーリーが目覚めると時計は午後十一時一分を示していた。墜落は夢だと思うチャーリー。だが時刻が深夜十二時を示すと、飛行機は急降下を始め、また眼の前が真っ暗になる。そして眼が覚めると……。その後も墜落と目覚めが繰り返されるなか、そのループはしだいに短くなる。ループが尽きるまでにチャーリーはなぜ、この機が墜落するのか、どうすれば墜落を阻止できるのかを突き止めようとする。

 タイムループという設定はスリラーにおいてはさほど目新しいものではない。だがこのふたつはとても相性がいいと言っていいだろう。自らに降りかかる死を避けるために時間をさかのぼって人生をやりなおす。タイムループの特徴は失敗が許されるところだ。失敗(=死)を繰り返しながら、少しずつ生き延びる方法を探っていく。その墜落の原因が、死を免れるために解き明かすべき最大の謎となってチャーリーの前に立ちはだかる。かぎられた空間、かぎられた時間、そしてかぎられた手がかりのなかでチャーリーは失敗を繰り返しながらも一歩ずつその謎を解き明かしていく。

 本書のもうひとつの特徴は、タイムリミット・スリラーとしての側面だ。著者はタイムループの根拠として、フィボナッチ数列を用いて説明している。フィボナッチ数列は自然界にもその現象が多く見られるなど、宇宙の真理にもつながる理論で、やや荒唐無稽な物語に一定の説得力を与えている。一方でこの理論を根拠とすることが、ストーリーの展開にも、大きな効果を与えている。しだいにループが短くなるという状況によって、より緊迫感が高まっていくのだ。もともと飛行機が墜落するのが十二時〇〇分という形でタイムリミットが設定されており、これによりすでに緊迫感が生まれているなか、さらにループが始まる時間がしだいに遅くなるという条件を加えることで、ループが繰り返されるにつれ、どんどんスピード感が増していくのだ。最後のループで与えられる時間はわずか五分。この短い時間で、主人公がどういう選択をして、どう対処するのか、読者はまさに息をするのも忘れて物語の展開を見守ることになる。後半は特にそのスピード感が圧巻だ。前半の謎解きと、謎がわかってからの後半の怒濤の展開。ミステリーとスリラーの要素をコンパクトに詰めこんでいて、まさにページをめくる手が止まらない。

2025.07.29(火)