物語はチャーリーが機内で墜落を阻止しようとする現在のパートと、息子セオがロサンゼルスで父親を探そうとする過去のパートが交互に配置されている。過去のパートではセオが家を出て、父親を探す姿が描かれる。父親は死んだと聞かされていたセオは、父の生存を知って母親に裏切られたと感じる。だが、さらに見つけた父親から拒絶され、セオは自分の存在意義を見失って自暴自棄になっていく。セオの出生の秘密――父親の存在――は、母子の断絶の原因であると同時に飛行機の墜落の原因とも密接に関わっている。過去パートが進むにつれ、その謎が少しずつ解明され、読者にも墜落の原因が明かされていく。チャーリーとセオの関係は言ってみれば、やや過保護な母親と、ファザコンをこじらせた息子という、多少デフォルメされた親子関係といえる。特にセオの自暴自棄な行動には共感できないところもある。だがエキセントリックな親子関係が最後にチャーリーとセオの取った“選択”をより際立たせているのもたしかだ。つまりこの小説は家族小説でもある。著者はスリラーの形を借りて、ひとつの家族の崩壊と再生を鮮やかに描いてみせている。
また本書は“人生における選択”をテーマにした小説とも言える。人生は決して前もって運命づけられてはいない。たったひとつの選択――決断や過ち――によって人生は変わるのだ。チャーリーとセオが下した決断はふたりを窮地に陥れる。だが、過ちを赦し、新たな決断をすることで、これからの人生を変えて、前に進んでいくことができるのだ。あなたはこれからどんな選択をするのか? そんな問いかけがこの小説のラストには込められている。
著者キャメロン・ウォードは、英国出身の作家で、教師と編集者を両親に持ち、幼い頃から本に囲まれて育ったという。アダム・サウスワード名義で発表したアレックス・マディソン・シリーズがあるほか、キャメロン・ウォード名義でA Stranger on Board、The Safe Houseといったスリラーの著書がある。前者は豪華クルーズ船の船上、後者は山火事によって社会から隔絶された奥地の邸宅といった、閉ざされた環境で起きる事件を題材に、そこで繰り広げられる人間ドラマをアクションもたっぷりに描くことを得意としている。本作はそういった作風を踏襲しながらも、タイムループというSF的な味付けを加えた野心的な作品となっている。今後の作品が愉しみな作家がまたひとり現れたようだ。
「訳者あとがき」より


螺旋墜落(文春文庫 ウ 25-1)
定価 1,265円(税込)
文藝春秋
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2025.07.29(火)