「人生にむかって、あなたの扉を次々と開くのよ、そうすれば、人生が入ってくるわ」
第四巻『風柳荘のアン』二年目第4章
私は、カナダの作家L・M・モンゴメリ著の『赤毛のアン』シリーズ全八巻の日本初の全文訳を手がけました。
第一巻の『赤毛のアン』は、親をなくした少女アン・シャーリーが、プリンス・エドワード島でグリーン・ゲイブルズという農場をいとなむマシューとマリラの兄妹にひきとられて幸せに育つ五年間の小説です。
少女時代より村岡花子訳のアン・シリーズを愛読してきた私にとって、原稿用紙にして七千枚のアンの物語を訳し、数千項目の訳註を書いた歳月は、喜びに満ち満ちた日々でした。
アン・シャーリーの物語は、『赤毛のアン』にはじまる八冊の長編小説からなりたちます。
シリーズ全八巻は、主人公アン・シャーリーの誕生から五十代までの半世紀をこえる人生を描きながら、その背景に、十九世紀後半から第一次世界大戦後までのカナダの激動の時代をうかびあがらせる壮大な大河小説です。
児童書と思われがちですが、シェイクスピア劇をはじめとする英米文学と聖書の名句が多数引用される芸術的な作風で、凝った美しい英語で書かれています。
また小説の舞台のカナダは、先住民と移民からなる多民族国家であり、アン・シリーズには、さまざまな民族が登場します。
たとえばアンは、スコットランドの衣装を身につけているスコットランド系のカナダ人です。親友の少女ダイアナは、北アイルランドのアルスター地方の服を着ています。
このアンとダイアナは、古代ケルト族の「アーサー王伝説」をお芝居にして遊びます。
本書『赤毛のアン論』は、シリーズ全八巻を、エピグラフと献辞 、作中の英文学、スコットランド民族、ケルトと「アーサー王伝説」、キリスト教、プリンス・エドワード島の歴史、カナダの政治、翻訳とモンゴメリ学会という八つのテーマから解説したものです。
新しい八つの扉を開いて、モンゴメリ文学の奥深い魅力をお楽しみいただけましたら幸いです。
「はじめに」より
赤毛のアン論 八つの扉(文春新書)
定価 1,265円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
2024.12.05(木)