描かれるのはあくまで「何気ない日常」
登場人物はおもしろいのに、描かれるのは私たちの暮らしと地続きの日常です。だから本作はとっつきやすい「恋」と「家族」と「ごはん」の話題が中心。テーマは普遍的でシンプルだから、気負わずに観られるし、多くの人が共感しやすいというのもこの作品のポイントです。
特に食に関しての描写は秀逸。本作は登場するごはんや食材が重要な意味を持ちます。たとえば、冷蔵庫のすみっこから出てきた「残り7センチのネギ」。源太郎は使いきれなかったネギの切れ端を手に、家族に対して「ピッタリが何だ。やり残しを恐れずに前向きに生きろ。前向きに倒れろ。やり残してこその人生だ」と呼びかけます。何でもきっちりできたら気持ちいいけど、そんなの無理。それに人生は有限。何事にも囚われずに生きる余裕、大事です。
それに源太郎が不倫で傷ついた由香に対して「自分のために貝を買いなさい。一日一緒にいて、仕事が終わったらその命に感謝して食べなさい」と諭すエピソードも。由香は教えを守り、大きな悩みに似つかわしい貝としてアワビを購入。バッグの中に小さな命が息づいていると思ったら、こっちもしっかりしなくてはとなんか思えてくるから不思議です。仕事を頑張り、一日を終えて調理されたアワビ。翌日出された貝殻のゴミまできれいでした。ありがとう、アワビ(一礼)。
さらに飲食店へのまなざしもいいんです。源太郎と大森らが個人経営のそば屋で食事するシーンでは、フロアを回すおばあちゃんがずっとせわしなく動き回り、入店する客に対して同じセリフを述べる様子が長い間映し出されていました。
いらっしゃいませと言う、注文取り、料理を運ぶ、お茶のおかわりを出す、お会計する。その繰り返し。当たり前に見える動作だし、何の変哲もないと思ってしまう長回し。でもその無駄のない染み付いた動作は本当は当たり前ではなくかげがえのないものだし、そんなお店が存在してくれていることに感謝したくなります。
加えて店じまいしてしまう中華料理屋の閉店日にだけできる行列のエピソードも。そこで描かれていたのは、みんなが今まで通っていたらこんなことにはならなかっただろうという視点でした。代わりのきかないたった一つの大切な存在になるお店だってある。失ってからじゃ遅いんです。
この視座、すごくないですか? 脚本・監督・プロデューサーの山口雅俊さんは『ランチの女王』のプロデューサーでもあったといえば納得する人も多いでしょう。本作はそのイズムをそのまま受け継いでいるんです。新作の映画『おいハンサム!! 』には特に『ランチの女王』ファン垂涎のシーンも! 映画を観終わった後、オムライスが食べたくなります。
2024.06.21(金)
文=綿貫大介