この記事の連載

仕事、健康、家族、介護、更年期……なんだか心配ごとだらけの人生後半戦。『暮らしのおへそ』編集ディレクターである一田憲子さんが、そんな「怖い」を少しずつ手放すトライ&エラーをつづったのが 『歳をとるのはこわいこと? 60歳、今までとは違うメモリのものさしを持つ』です。同書より、『「いい」と「悪い」の境目』を抜粋して紹介します。(前後篇の後篇初めから読む)。


「私」と違うことを言う人が出てくるのが怖い……

 札幌で開催された『大人になったら、着たい服』のイベントが終わり、4泊5日の滞在を終えて帰宅しました。やっと日常に戻りほっとしていた朝、出店者のひとり、島根県松江市でセレクトショップ「ダジャ」を営む板倉直子さんがインスタグラムで、「札幌振り返り」という投稿をしているのを見つけました。帰りの飛行機に乗る前に訪れたというのは、北大の札幌農学校第2農場。新緑の木々の中に、赤い屋根の木造のいい感じの建物が並び、かわいらしいこと!

 「え~! こんな場所あったの!」「私も行きたかったなあ~」と思わず声が出ました。イベントに来てくれた知人に教えてもらったのだそうです。あれ? あの人なら私もお会いしたんだけどなあ~。

 そういえば、今までもこんなことあったなあと思い出しました。板倉さんのお店では、時折イベントを開催しています。ミュージシャンと、花の仕事をしている人を招いて小さなコンサートを企画したり、店内に、チーズケーキと紅茶のペアリングを楽しむケーキ屋さんをオープンさせたり。どの人も、私も知っている人たちなのに、板倉さんの目ですくいあげられると、とたんにその魅力がキラキラと輝き出すよう。きっと彼女は、その人の「いいところ」にまっすぐに光を当てるのが上手なのだと思います。

 私は、どうして、あの人の素晴らしさに気づけなかったのだろう? そう考えた時、「いつも私は、私でありすぎるんだよなあ」と思い至りました。あの人が「いい」と思うものは、本当に「いい」のだろうか? とまず「疑う」ことから始めてしまうのです。それは、きっと間違えるのが怖いから。「いい人だなあ」と思っていたのに、後から嫌なところが見えてきたり、自分との違いが明確になったりして落胆するのが怖い……。

 今までコツコツといいものを見たり、聞いたりして、自分だけの価値観を苦労して築き上げてきました。何をやっても自信がなかった若い頃から、少しずつ経験を積み重ね、やっと「これがいいんじゃない?」と、自分なりの考えやアプローチをグイッと人前に推すことができるようになってきました。だからこそ、やっと手にいれた「私」と違うことを言う人が出てくるのが怖い……。

2024.06.04(火)
文=一田憲子