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高価な価格も、理由を説明することが大切

――アンテプリマの未来像には、どんなものを描いていらっしゃいますか?

 コレクションを発表していくということは、現時点(取材は3月)で私たちは2024年、25年の秋冬を終えて、25年の春夏の立案がもう出来上がっています。6月には2025年、26年の秋冬の素材展がパリで始まるので、その素材の購入までにイメージボードを立ち上げなければいけません。常に2年先を見ているんです。

 ファッションは芸術だけではなく、経済と切っても切れない分野ですが、最初にお話ししたように、今はラグジュアリーとふだん着にファッションが二極化していて、真ん中がポーンと空いている状態です。真ん中がいなくなると、上にも下にも負担がかかるのでは、という考えが自分の中にあるんです。

 例えば、ベルギーに行ったとき、3ツ星を取っているあるレストランのシェフが星を返上してしまったという話を聞きました。そのシェフは、星を返したことで、ラグジュアリーなレストランなのだけど、値段を大きく下げてたくさんの人が来られるようなお店に路線を変えたのだとか。まさに、私が目指していることだと思いました。

――ファッション業界でぽっかり空いてしまった真ん中に居場所を定め、上下の橋渡しをしたいというお考えでしょうか。

 ラグジュアリーさにこだわりながらモノを作り、芸術性を高めないとファッションは死んでしまうと私は思っています。ただの“モノづくり”ではなく、そこに“夢”を与えたい。

 けれど、ファーストクラスのモノづくりで生まれた製品が、“高価なアート”である必要はないとも思うんです。私が作る洋服は、身に着けてくださる方の個性を出せる服であり続けたいから、服そのものには主張をさせたくない。アートは大好きですが、自分がそれを身に着けてアートになりたいわけではないんですよね。

 それほど目立つことなく、そこはかとないエレガンスが漂いながらも個性があるような装いが好き。今日着ているアンテプリマのニットも世界に誇れるクオリティのニットだと思いますが、ちゃんと皆様の手に届く値段でお届けしていきたいんです。その信条は変わらないかな。

――とても素敵ですね! 高いクオリティのものが背伸びをしすぎない価格で手に入るのは、すごく幸せだと思います。

 でもこれがなかなか難しくて(笑)。ファッションショーって1回で何千万、何億というお金がかかってしまうのですが、やはり巨大ブランドはたくさんのセレブリティを呼んでショーを行っていますよね。そういったやり方をしてしまうと、それがダイレクトにモノの値段に跳ね返ってしまうわけです。だから、ショーは続けていきたいけれど、値段が高くなってしまうことは極力避けたいと思っています。

――難しいチャレンジのように思えます。

 そうですね。良いマテリアルを使い、いい職人さんにちゃんとしたお給料をお渡しして作ると、どうしても値段が高くなるんです。でも、高いモノは結局いいモノであるのも確かですし、皆さん丁寧に扱うので、長い目で見ると地球を救うことにもなると思います。

 高いモノにはそれだけのマテリアルと工程と価値がある、ということはしっかり伝えていきたい。例えば、アンテプリマのワイヤーバッグのひとつに、PVCの中に入っているフィルムに99.9%のピュアシルバーを吹き付けた製品(「999 COLLECTION」)があります。吹き付けるときに銀が酸化してしまうので、密閉された空間で作業しなければならず、とても特殊な技術を用いています。

 でも、普通のシルバーのワイヤーバッグと比べると一目で輝きの違いが分かりますよね。本当にキレイなので、こちらを欲しいとおっしゃる方は多いのですが、お値段は他のバッグよりも高くなります。でも、ただ高価な価格を伝えるのではなく、その“理由”まで含めてきちんと説明していくことが、私たちにとって大切なのだと思っています。

荻野いづみ
アンテプリマ クリエイティブ・ディレクター

東京で生まれ育ち、1980年代に香港へ移住。イタリアブランドのアジア展開を手掛け、リテイラーとして活躍する。「タイムレスなラグジュアリーさと現代のスタイルを持ち合わせたモダンな女性」――ユニークな洞察力を持ち合わせた荻野いづみは、地球の反対側のミラノで、1993年自身のブランド“ANTEPRIMA”を立ち上げる。アンテプリマのクリエイティブ・ディレクターとして世界を飛び回りながら、ファイン・アート、文学、音楽、ダンスや演劇などの様々なアートに対しての情熱を持ち続け、宝飾デザイン、生け花、メイクアップなどの幅広い知識などからインスピレーションを得ながら、クリエイションに生かしている。ファッションの才能のある次世代の若者を、スポンサーとしてサポートする活動にも意欲的に取り組んでいる。

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2024.04.17(水)
文=前田美保
写真=佐藤 亘