親ガチャについて思うこと

──後半、お母さんが倒れて、入院先でケンカして山本さんが病院を飛び出すシーンがあります。あれが母親との最大の衝突ですか?

山本 そうですね、あの頃、高校生だったんですけど、ずっと親とケンカしてたかもしれないです。母と顔を合わせるたびに、「あんたこのままで大丈夫なの?」「大学はどうするの?」と言われていて、それが嫌で嫌で。今にして思うと、反抗期みたいなものだと思うんですけど、当時はまさか自分が反抗期だとは思ってなくて、ただただ母と気が合わなかったんです。岡崎さんと会って、「うちの母親は本当にうるさくて嫌だ。岡崎さんのお母さんはいいよねー」とか言ってたんですよ。今の言葉で言うなら、まさに「親ガチャ失敗」だと思っていました。

──さっき「親ガチャ成功」みたいに言っていたのとは、ずいぶんギャップがあります。山本さんの母親への意識が変わってきたのって、どれくらいからですか?

山本 いつでしょうね……でも親の言ってることがわかるのって、 30を超えたあたりからだと思うんですよ。20代のときでも、今みたいには思えていなかったかもしれないです。「うちの親、めっちゃいい」と思えたのって、本当に最近の話だと思いますね。隣の芝生は青く見えるから、昔は岡崎さんのお母さんが自由奔放で、好き勝手やらせてくれることがうらやましくて仕方なかったんですよ。「勉強しろ」とも言わないし。でも大人になってみると、それがいいことばかりじゃないと気づいてきて。よく言われることですけど、親のすごいところって、その当時の親の年齢になってやっとわかりますね。

──今日、何度か話に出てきましたけど、「親ガチャ」という言葉についてはどう思いますか?

山本 あまりいい言葉じゃないですよね。親って、逃げられない呪いみたいなものじゃないですか。私も母から心配され続けるのは、けっこうつらかったんですよ。今は心配されても流せるようになりましたけど、高校生のときはつらくて。そのときの感覚がずっと残っていて、何をやっていても「私は親を心配させている」という感覚が取れないんです。兄と姉はちゃんと就職しているのに、私だけフリーターだったから、「親を心配させている」という感覚が呪いみたいにまとわりついてしまって。

──だからマンガ家になってからは毎年、親にプレゼントを買っていたと。

山本 マンガ家になって、プレゼントをいっぱい贈って、「私はちゃんと稼いで、一人立ちできてるよ」と証明することで、自分の中にある親の呪いを消していったんです。まあ今でも心配されてるんですけど(笑)、 もう「大丈夫大丈夫。連載ちゃんとやってるよ」と返せるようになりました。でも、もし今でもずっとアルバイトをやっている世界線の私がいたら、やっぱり親は苦しい存在だったと思いますね。「親ガチャ失敗した」と思い続けていたかもしれない。 

──ずっと心配してくるお母さんが気にならなくなったのは、マンガ家になってから?

山本 25歳でアパレルの正社員……店長になったんですけど、そのときですかね。正社員に初めてなれて、福利厚生もボーナスもあったから、それでちゃんと一人で生きているという自信がついて。自信がついたら気にならなくなりましたね。

──じゃあお母さん自身は変わらない?

山本 母自体は何も変わってないです。でも私の中で「ちゃんとしてない」というのがコンプレックスで、お母さんはそこをずっと刺激してくるから、めっちゃ嫌な存在だったんですよ。 それが「正社員だぞ」「マンガ家だぞ」「今年も本を出せたぞ」となって自分に自信が持てるようになったら、心配されても「まあまあまあ」と流せるようになった……ということですね。私が変わったことによって、親ガチャが失敗から成功に変わったというか。

──ということは「親ガチャ失敗した」と言ってる世の中の人も、もしかしたらちょっとしたさじ加減で……。

山本 変わるかもしれないですよね。「人を変えるのは難しいけど、自分は変われる」みたいなこと、よく言うじゃないですか。だから自分が変わることによって、親の見え方が変わってくるケースも、きっとありますよね。

──最後の方に親子3人で旅行に行く回がありますが、「親孝行したい」という気持ちはあるんですか?

山本 すごくありますね。自慢の娘になりたいんですよ。私が勝手に思ってるだけかもしれないですけど、親にとってずっと恥ずかしい娘だったと思うんです。勉強もできなくて、「うちの娘、すごいのよ!」と自慢できるような娘じゃなかったから、「うちの娘、マンガを描いててすごいのよ!」と言わせてあげたい。

──自慢できる娘になって、親を楽させてあげたい。でもやっぱり「親に頼ればいっか~!!」という感覚もまだある?

山本 そうです(笑)。いや、これから何があるかわからないんでね。もしこの業界から干されたら実家に帰ります(笑)。

山本さほ

1985年生まれ。幼少時代からの親友「岡崎さん」との友情や子供時代の思い出を描いた自伝的作品『岡崎に捧ぐ』をウェブサイト「note」に掲載し、大きな話題になる。その後、2015年より『ビッグコミックスペリオール』で『岡崎に捧ぐ』の連載を開始。実録ハプニングコミックエッセイ『きょうも厄日です』(文藝春秋)など、著書多数。
Twitter @sahoobb

てつおとよしえ

定価 1,210円(税込)
新潮社
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

前田隆弘

1974年、福岡県生まれ。東京都在住。広告代理店、WEBディレクターを経て、2011年よりフリーランスの編集者・ライター。
Twitter @maesan

2023.12.30(土)
文=前田隆弘