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デビューしてまもないひろみのギグ

 2004年、筆者はデビューしてまもないひろみのギグを観にニューヨークへ向かった。ドキュメントを書かせてほしくて、口説きに行ったのだ。その夜、彼女はジャズ・スタンダードというクラブで、19時、21時、23時と一日に3公演行うことになっていた。

 そして翌2005年、アメリカ南部のテネシー州ナッシュビルでのアルバム『スパイラル』の録音、ニューヨークのクラブ、イリディウムでのギグ、浜松での凱旋公演、フジロックなど旅をともにしてインタビューを重ね『上原ひろみ サマーレインの彼方』(幻冬舎)を書いた。後にウッドストックでのアルバム『ビヨンド・スタンダード』、ニューヨークでの『プレイス・トゥ・ビー』の録音も取材し加筆し、文庫化されている。

 上原ひろみのアルバムを聴くとわかるが、ピアノ・トリオの概念を変えただけでなく、ジャズにも縛られていない。ラテンあり、ロックあり、テクノあり、クラシックあり。一枚のアルバムであらゆる音楽を楽しめる。

 彼女のほとんどのアルバムは、そのリリース時に意表をつかれる。クラシックを感じさせるトリオ・アルバムを発表すると、次はバンドサウンド、その次はオリジナルを感じさせないカバー集、その次はソロ・ピアノ……。次にどんな作品を聴けるのか、ワクワクドキドキさせられる。2010年、30歳のときに録音した『スタンリー・クラーク・バンド フィーチャリング 上原ひろみ』は第53回グラミー賞「最優秀コンテンポラリー・ジャズ・アルバム」賞を受賞した。

 ひろみはデビュー以来一年に一枚を超えるペースでアルバムを録音している。彼女の20代のアルバムでは、チック・コリアとのピアノのデュオ作『デュエット』がとくにジャズを楽しめる。2007年9月に東京・青山のジャズクラブ、ブルーノート東京で録音したライヴ盤だ。スリリングで、エキサイティングで、ロマンティックで、切なさや優しさも感じられる。

 当時ひろみは28歳。チックは66歳。ひろみはジャズ界のレジェンドのなかのレジェンドと堂々と渡り合う。

 選曲は「スペイン」や「ハンプティ・ダンプティ」などチックの曲、「古城、川のほとり、深い森の中」「プレイス・トゥ・ビー」などひろみの曲、ビートルズやアントニオ・カルロス・ジョビンの曲など。二人は、あるときは語り合うように、あるときは歌い合うように、あるときは二人でキャンバスに画を描いていくように、楽し気に演奏を展開していく。そのステージの空気が会場も包んでいく。

 デビュー当時のひろみには超絶技巧のイメージが強かった。アメリカから逆輸入する状況がセンセーショナルだったので、テレビ番組でよく特集された。テレビでの演奏は一曲か二曲になる。すると、インパクトのある激しい曲が選ばれる。

 しかし、実際のひろみは、鍵盤のタッチがとてもデリケートで、美しく響く。それを28歳で録音した『デュエット』でも聴くことができる。

2023.12.21(木)
文=神館和典