この記事の連載

 ジャズの巨匠たちのキャリア初期の音には、原石のような荒々しい輝きがある。巨匠たちの「青の時代」を、著者自身によるインタビューや自伝から紹介したのが、音楽ライターの神館和典氏の『ジャズ・ジャイアントたちの20代録音「青の時代」の音を聴く』だ。同書から、一部を抜粋して紹介する。

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毎アルバム異なるアプローチの上原ひろみ

 2003年、上原ひろみのデビューは鮮烈だった。

 ひろみの音楽は、ピアノ・トリオの概念を変えてしまったのだ。

 それまで、ジャズのピアノ・トリオは、ドラムスとベースがリズムとグルーヴを生み、その上でピアノが景色を描いていくと思われていた。実際、多くのミュージシャンがその基本に忠実にしたがい演奏している。

 しかし、ひろみはピアノを演奏しながら、ベーシストにもメロディラインを弾かせ、ドラマーにも自由に演奏するスペースを設けた。そこに新しい音の世界が生まれた。

 だからといって、彼女の音はけっして難解ではない。メロディはくっきりとわかりやすく、誰もが楽しめる。ひろみはジャズを基本にしつつ、ジャズを超えた音楽を聴かせてくれた。

 1979年に静岡県の浜松で生まれ育ったひろみは6歳でピアノを始め、来る日も来る日もピアノを弾き続けた。

 彼女が卒業した高校を訪れたことがある。エントランスホールにかわいらしいグランドピアノが置かれていた。ひろみは入学した日から卒業まで、毎日そのピアノを弾いていたという。怖い上級生に目を付けられてもめげなかった。その上級生が好きなJポップの曲を弾いて聴かせて、感激させた。教員たちには、職員会議の時間は演奏をひかえてほしいと言われた。そのときだけは、音楽室で弾いた。

 20歳のときに東京の大学を辞めたひろみは、単身アメリカへわたる。マサチューセッツ州ボストンのバークリー音楽大学でピアノを弾きながら作曲を勉強。23歳だった4年生のときに全曲オリジナルのアルバム『アナザー・マインド』でメジャー・デビュー。バークリーは作曲科を首席で卒業した。

2023.12.21(木)
文=神館和典