ロレックスがツアースポンサーを務める「ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン」が2年ぶりに開催された。2023年ツアーは東京・大阪・名古屋・横浜の四都市をめぐる計7公演。そのなかの東京・サントリーホールで11月18日(土)に開催された演奏会の模様をお伝えする。


快活な音の波の中から内面的世界を抉りだす

 土曜日夕方のサントリーホール大ホールは満員御礼。ステージに楽団員が登場すると満場の客席から大拍手が巻き起こる。コンサートマスターのライナー・ホーネック以下、楽団全員が丁寧なお辞儀で声援に応える。

 続いて指揮者が登場。じつは当初、オーストリア出身の指揮者フランツ・ヴェルザー=メストの出演が予定されていたが、夏に受けた癌の手術後、現在も療養中とのことでツアー日程の数か月前に来日キャンセルがアナウンスされた。

 最終的に旧ソヴィエト連邦北オセチア出身で40代半ばの精鋭指揮者トゥガン・ソヒエフが代役を務めた。ソヒエフは2009年以来、当楽団の定期公演にたびたび出演しており両者旧知の仲だ。

 公演プログラムは、前半がベートーヴェンの「交響曲 第4番」、そして後半がブラームスの「交響曲 第1番」。「交響曲 第1番」のウィーン初演は、作品が完成した1876年の暮れにブラームス自らがウィーン・フィルを指揮して行われており、ベートーヴェンとともに当楽団にとっては縁の深い作品だ。

 前半の演奏が始まった。冒頭、陰鬱な雰囲気を漂わせる長い序奏の後、突然、快活で明るい主題へ。その“暗”から“明”、“闇”から“光”への移行の過程でのダイナミクス(強弱)の振れ幅の大きさと感情表現の大胆さに早くも洗礼を受ける。これぞ“ウィーン・スタイル”ならではの醍醐味だ。

 指揮者・ソヒエフは決して振りすぎず、自らの音楽を押し付けることはない。しかし、粛々とした姿を保ちつつも、表情豊かな腕や手指の動きで縦横無尽に空気全体を震わせるかのようにその独特な棒捌きのもと、メンバー全員が空気に溶け込むような密度の高い音を紡いでゆく。

 この作品は一見、陽気で快活さにあふれているが、時折、ソヒエフがふと導きだすほの暗い色調の音色は感慨深いものがあった。作品の内面的世界を深く見つめ、それを奥底から抉りだすかのような理知的で冷静な、しかし内に燃える指揮ぶりには強烈な説得力があった。そして、つねに指揮者が意図する音の世界を完璧に現実化してしまうこのオーケストラの凄まじさを前半から見せつけられた感じだ。

2023.12.18(月)
文=朝岡久美子
協力=ロレックス