たとえ効果がなかったとしても、時代を考えれば他の手段をとりようがないケースも多く、そうした時代においては治療を受けたという精神的な安定だけであっても意味のあるものだったのかもしれない。本書は現代人からすると危険な医療の歴史だが、なんとかして患者を助けようとした医師たちの、悪戦苦闘の歴史でもあるのだ。
依然として完全な治療が存在しない以上、人はこれからも「なんでも治してくれる、まだ見ぬ医療」を期待し続けるし、それに応えようとする最悪の治療法もなくなることはない。「血液を飲んだり、入れ替えると健康になる」など、人が信じやすい情報にはいつの時代も変わらない特定の型があるから、本書を読みそうしたケースについて知ることは、現代の危険な医療にたいする防御策にもなるだろう。
人の愚かさが克明に記されていると同時に、「それでも人類は少しずつ最悪な治療法を潰してきたんだな」と未来への希望を持たせてくれる一冊だ。
トンデモ医療史を深掘りできる類書
医療史ノンフィクションに興味を持った人向けに、類書を紹介しておこう。ひとつは、同じく文春文庫から刊行されている、トレヴァー・ノートン『世にも奇妙な人体実験の歴史』。人体解剖の草分けである医師ジョン・ハンターが淋病のメカニズム解明のために患者の膿を自分の性器に付着させたエピソードなど、自他を問わず人体実験に邁進した人々の歴史を綴っていて、本書と重なる面も多い。
柏書房から刊行のサム・キーン『アイスピックを握る外科医 背徳、殺人、詐欺を行う卑劣な科学者』は墓泥棒から動物の虐待まで、主に科学的探求や功名心から悪徳に手を染めてきた科学者たちのエピソードをまとめた一冊。先に名前を出したジョン・ハンターが、人体解剖をしたいがために、墓泥棒から死体を買い取っていたエピソードなど、倫理と科学的探求のせめぎあいが見事に描き出されている。同じく柏書房から刊行のトマス・モリス『爆発する歯、鼻から尿』は、余興で何本もナイフを飲み込み腸がボロボロになった男など、奇妙でバカバカしい医療の実話を集めている。
2023.10.09(月)
文=冬木糸一(書評家)