当時はまだ古代の医学理論(特にギリシャの医者ガレノス)からの影響を受けていた時代で、体内を流れる四つの液体(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁)のバランスが保たれることで健康になるとする説が真面目に信じられていた。下剤の効果は、当時の病人にとっては体内の液体のバランスを調整してくれる歓迎された効用であり、医者も患者も真剣に水銀を服用して病気を治そうとしていたのである。類似の発想の治療法に、体から悪い血を抜いて治す「瀉血」があるが、こちらは紀元前一五〇〇年頃から行われ、天然痘や癲癇、はては失恋した際のメンタル不調にまで用いられてきた。ただ、現代でも瀉血は多血症やC型肝炎など一部症例では行われることがある。

 水銀や瀉血などは当時の人の理屈も想像しやすいが、一八世紀頃に流行したタバコ浣腸と呼ばれる(一見したところ意味不明な)治療法も存在する。もともとタバコは万病に効く薬だと思われていたが、中でも水難者のお尻にタバコ煙を注入すると、体を温めて呼吸器を刺激することができると唱えた人物がいたのだ。水難者が多かったテムズ川では、タバコ浣腸キットを備えた人々が土手を歩き回っていたという。無論何の効果もないし、窒息している時にタバコの煙を尻から入れられて死んだら死にきれないだろう。浣腸を行う側も、誤って吸い込もうものなら大変なことになる。

 続いて「植物と土」の部から紹介しておきたいのは「アヘン」。アヘンってドラッグだし、疼痛の管理など医療目的で使うのはありじゃない? と思うかもしれないが、長い期間にわたってその使われ方は広く、雑であった。たとえば泣きやまない子どもにはケシとスズメバチの糞で静かにさせよと紀元前一五五〇年の古代エジプトの医学文書に書いてある。さすがに古代の話でしょと思うかもしれないが、二〇世紀に至るまで、教科書にも子どもの夜泣きや歯ぐずりにはアヘンとモルヒネの調合薬が効くと記載があったのだ。たしかに子供は静かにはなるのだが、眠ってばかりで栄養不足になるし、病気になっても泣いて訴えることもできないしで、死者も多く出たという。

2023.10.09(月)
文=冬木糸一(書評家)