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サンタモニカではパパはスターじゃなくて、変わったおじさんだった(笑)

――大人になってからの猪木さんとの思い出で印象に残っていることはありますか?

 ロスにいたころ、パパの家から私の家までは歩けない距離ではなかったので、よくふらっと訪ねて来ては「海に散歩に行こうよ」と声をかけてくれました。

 パパは散歩するときなぜか長い棒を持っていたので、地元の人からは「Hi! Stick Man♪」と呼ばれていました。サンタモニカでは、プロレスラー・アントニオ猪木ではなくて、いつも棒を持って散歩している変わったおじさんだったんです(笑)。

――散歩中、どんな話をしましたか?

 「今日は気持ちがいいな」とか……。あとは「いま、こういう新しいエネルギーの話があるんだよ」なんて夢中になっているビジネスのことを語り出すこともありました。でも私は聞いてもわからないから話題を変えちゃうと、シュンってなるんです(笑)。

――ここまでのお話からは、レスラーとしての猪木さんからは伺い知れない一面が伝わってきます。

 パパは典型的な“日本人”かもしれません。

 NOと言えないんです。だから、どこかでみんなの期待に応えようとして全身全霊で頑張っていた。振りまわされたこともたくさんあったけど、不器用だったのかなって考えると今は愛おしいですね。

次の話を読むパパは“最低”だけど“最高”「誰かの ために全力投球」という“猪木イズム” を受け継ぎ、看護師を志した娘・寛子

2023.04.03(月)
文=児玉也一
写真=末永裕樹(寛子さんポートレート)