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 “水野なくして今の少女マンガはない”と言われるマンガ家・水野英子さん(83)。当時はまだ男性作家が中心だった少女マンガ界で、『星のたてごと』『白いトロイカ』など数々のヒット作を発表してきました。

 今ほど少女マンガが多様でなかった時代に、初めて男女の恋愛を真っ向から描き、「少女マンガ」の基礎を築いた立役者。手塚治虫に見いだされ、「トキワ荘の伝説の紅一点」として若き日を過ごした水野さんが、少女マンガの黎明期を語ります。(後篇を読む)


●自分の意思を持って行動するヒロインを描きたかった

 水野英子は少女マンガの世界を拓いた立役者である。といっても現代マンガの多様性に慣れた読者にはピンとこないかもしれないが、かつて少女マンガの世界は、今のように多種多様なものではなかった。

 1955年、水野英子が弱冠15歳でデビューしたのは、「少女マンガ」という言葉すらなかった時代である。

「当時は『少女もの』『少年もの』と呼ばれていましたね。私が読者としてなじんでいたのはどちらかといえば『少年もの』。漫画家を志すきっかけは手塚治虫先生の影響でしたし。ただし、デビューすることになったのが少女向けの雑誌だったので“習慣として”女の子を主人公にしたのです。女の子にどんなことをさせられるか、と考えながらお話を考えていました」

 水野のデビュー作『赤っ毛小馬』は西部劇。ヒロインは、荒馬を乗り回す活発な少女だ。「メロドラマは嫌い」「西部劇が大好き」という水野らしい作品である。

「手塚先生以外の作品で好きだったのは『あんみつ姫』(倉金章介)ですね。おてんばなお姫様が巻き起こすコメディです。日常のなかで女の子がドタバタする『生活マンガ』と呼ばれるコメディは他にもありましたが、『あんみつ姫』には華やかさがあって楽しかったんです。舞台がお城ということも手伝って。カステラ夫人という外国人の先生が出てきたりね。

 あんみつ姫は、自分の意思で動く女の子。好きだったポイントはそこです。私自身、子どものころはおてんばどころか男の子みたいで、さんざん親からああしろこうしろと言われていました。あんみつ姫は『女の子はおしとやかであるべき』という常識をけっとばしていく。そこが痛快でした」

 自分の意思を持って行動する、活発な女の子。かつてはそれさえも、めずらしいヒロイン像だったのだ。

2023.03.31(金)
文=粟生こずえ
写真=鈴木七絵