『希望のカケラ 社労士のヒナコ』(水生 大海)
『希望のカケラ 社労士のヒナコ』(水生 大海)

 まずはひとつ質問を。もしも今、「職場に対する不満はありますか?」と訊かれたら、あなたはどう応えますか?

 テレビの街頭インタビューなどを想定すると体裁もあるだろうから、匿名のアンケートだと仮定しよう。給料が安い、休みが少ない、拘束時間が長い、嫌いな上司や同僚がいる。希望していた業務じゃない、正当に評価されていない、社内の設備や環境が悪い、単純に空気が悪い。おそらく、「不満は特にない」と応える人はごくごく稀なはず。

 かくいう私も、経験した約十年の会社員生活の日々には、いつだって不満はあった。芸能音楽関係の仕事をしていたので、出社時間は朝の十時~十一時と遅く、給与も賞与も悪くなく、ある程度の経費も認められ、仕事内容も望んだ職種で、と、今思えば信じ難い好条件だったにもかかわらず、毎日のように「あー、もうヤだ!」と口にし、ちょっとしたことでイライラし、辞めたい辞めたいと思い、後先も考えず本当に辞めて、十年の間に二回転職した。セクハラ、パワハラ、モラハラなんて当たり前の時代で、仕事関係の宴会では、トイレで一回吐いてまた飲み、取引先の膝の上に座れと命じられ、帰宅は午前一時、二時なんてこともよくあった。生理休暇は取れる雰囲気ではなく、産休・育休を取る人は花形と呼ばれる部署からは外されていた。もちろん、男性の育休なんて誰も考えたことさえなかった。土日でも仕事の電話は鳴り、土足で歩いている会社の床で鞄を枕に寝たこともあった。二十年以上前のことなのに、いくらでも思い出せる。けれどその全てに、私は異議申し立てをすることなく、唯々諾々と従い、限界が来たら逃げ出すだけだった。友人や家族に愚痴っても、会社や上司と闘いはしなかった。どうせ負けると思っていたからだ。

 今、匿名で思いを語ることができるSNSには、不満と不平と不服が溢れている。「納得いかない」「やってられない」気持ちを吐き出さずにはいられない人が溢れている。「これっておかしくない?」と言いたくて、だけどやっぱりリアル社会では言えなくて、共感や同意が欲しくて呟いてみれば、諭され貶(けな)され呆れられることもある。それで尚更、落ち込んだりするのもあるあるだ。

2023.01.25(水)
文=藤田 香織(書評家)