収められているのは全五篇。
一話目の「そこは安息の地か」では、早速、「持続化給付金」「雇用調整助成金」「家賃支援給付金」「新型コロナウイルス感染症に関する母性健康管理措置による休暇取得支援助成金」といったコロナ禍の諸問題が扱われる。居酒屋とカフェをチェーン展開する屋敷コーポレーション屋敷専務の紹介で、ヘアサロン・リバティアヤナのオーナー角亜弥奈から雇用調整助成金の申請を代行して欲しいと依頼されたヒナコは、あることをきっかけに業務内容の不正に気付いてしまう。
続く「甘い誘惑」のクライアントは、店舗併設のカフェを持つパティスリー・キャベツ工房。「同一労働同一賃金」「パートタイム・有期雇用労働法」により正社員とパートやアルバイトとの待遇差解消の整備を依頼される。社労士ヒナコ的には「労働管理の相談や指導」の仕事だ。「甘い誘惑」に負けてしまった人物の問題を暴いていいものか、〈わたしの告発は、断罪じゃないだろうか〉と逡巡するヒナコが出した結論に、ヒヨコから脱した彼女の成長が感じられる。
第三話「凪を望む」は、改めてコロナ禍の暮しというものを考えさせられる。耳慣れた「労災」=「労働災害」のあまり知られていない規定も興味深いが、「食堂こまつ屋」の抱える切実な事情に胸が痛む。勤めていた海外リゾートウェディング会社が倒産し、店を手伝い始めたにもかかわらず、揚げ油で大火傷を負った娘。治療費や店の資金繰りを案じる娘婿。くも膜下出血のリハビリを懸命に続ける老店主とその理由。ヒナコでなくとも「どうすればいいんだろう」とため息を吐(つ)かずにはいられない。こんなことを「わかって」しまい、勇気を出して向き合えば「黙れ」「賢しらなことを言うな」と睨まれて、それでも親身になることなど自分にはとてもできそうにない。父としての、一家の大黒柱としての意地がありプライドがあり、ヒナコからも社労士としての責任と矜持が感じられる緊迫した場面だ。
2023.01.25(水)
文=藤田 香織(書評家)