まいった。まさかここまで非情で冷酷で、性格が悪いとは――遡(さかのぼ)ること四半世紀近く前、わたしは、読者の共感など知ったことか、とばかりに驀進する逢坂さんの剛直な筆に叩きのめされ、そのあまりのやられっぷりに、爽快感さえ味わった。
禿鷹シリーズ、第一作『禿鷹の夜』を読んだときの、頭をハンマーでぶん殴られたような衝撃はいまも鮮明である。
当時の記憶を辿(たど)れば、ミステリファンの知人たちから「逢坂剛の新作、ハゲタカは凄いぞ」「ノワール? そんなカテゴリーをぶっ壊しているね」「ドカンと突き抜けた悪徳刑事」「こいつの行動は理解不能、いや理解する必要なし」「清々しいほど悪いヤツ」と、驚嘆とも称賛ともつかぬ熱っぽい言葉を数多(あまた)聞いた。その読後感は十人十色、様々なれど、共通項は“とんでもないものを読んでしまった、でも滅法面白い”というものだ。
さっそくページをめくり、度肝を抜かれた。刑事が雨降る深夜、渋谷の街中でみかじめ料を集めて回るヤクザを脅し、所属課を問われると「すぐやる課だ。ちょっと来い」と拳銃を突きつけ、ビル陰に連れ込み、現金の入ったアタシェケースを奪い、失神するまで叩きのめしてしまうのだ。立派な恐喝、いや拳銃強盗である。
そのリミッターを外した悪徳刑事の行状に驚愕し、でもこういう強烈な悪役は老人とか女性には優しいんだよな、とハードボイルドの定型を期待しつつ読み進めた。が、渋谷駅の階段踊り場で古雑誌を売るホームレス老人を執拗にいたぶり、「さっさと立ちのけ」と蹴り飛ばし、老人がやっとの思いで集めた週刊誌の山を崩し、踏みつけ、靴底で汚していく底意地の悪い場面に遭遇し、敢え無く轟沈。
超極悪ダークヒーローとでも形容すべき、その強烈なキャラクターは、高校時代に読んだ『野獣死すべし』(大藪春彦・著)の伊達邦彦以来の衝撃だった。
ハゲタカこと神宮署の刑事、禿富鷹秋(とくとみたかあき)。階級は警部補で、生活安全課の特捜班員として常に単独行動をとる、コントロール不能な悍馬(かんば)のごときローンウルフである。
2023.01.05(木)
文=永瀬 隼介(作家)