闇社会の悪党に舐められないよう、肩肘張ってクソ度胸やド根性を見せているわけではない。徹頭徹尾、ナチュラルなのである。ハゲタカはストリートファイトでもほぼ無敵だが、空手やボクシングを習得した形跡はない。サバンナのライオンが強いのと同じく、ハゲタカも元々強いのである。

 第二作『無防備都市』では極悪ぶりがさらにエスカレート。警察組織の不祥事を取り締まる監察官を、なんと脅迫するのである。その手口は悪辣のひと言。監察官の美しい妻をたぶらかしてラブホテルに連れ込み、濃厚な情事の模様を密かにカメラに収め、そのポルノまがいの写真を夫に突きつけ、某不良刑事の収賄事件を闇に葬れと脅す。屈辱に塗(まみ)れた監察官はこう言う。

「正気なのか、きみ。こんな汚いまねが、よくできるな。それでも警察官か」

 返すハゲタカの台詞が強烈だ。

「正気の人間なんか、この世のどこにも存在しない。しかも、おれより汚いことをやっているやつらは、はるかにたくさんいる。警察にも、警察以外の世界にもな」

 彼の、ニヒリズムに彩られた人生観が透けて見える言葉である。元より、ハゲタカの内面描写は徹底して排除されているため、その常軌を逸した言動の真意は推し量るしかない。それ故、周囲の人間は激しく困惑し、右往左往するのだが、ハゲタカはまったく意に介さない。いつ、いかなる時も超利己主義を貫き、己の非情なルールに従って敵を痛めつけ(必要とあらば殺し)、身内を騙し、献身的に尽くす愛人をも殴り飛ばす。

 そして第三作の本書『銀弾の森』。逢坂さんの筆はハードボイルドの極北を目指すがごとく、凍てついた暗黒路を疾走する。

 ハゲタカは渋六と敵対する極道組織[敷島組]の大幹部、諸橋征四郎を[マスダ]に売り飛ばし、妻の諸橋真利子をモノにすべく、神をも恐れぬ下衆(げす)な行動に出る。

 卑劣な策略に嵌まった夫が酷いリンチを食らい、嬲り殺しにされているとき、あろうことかハゲタカはその自宅に押し入り、激しく抵抗する妻と強引に関係を結ぶのである。その二十八ページにも及ぶ凌辱の詳細は本書に譲るが、まあえげつないこと。まず現金百万入りの封筒を真利子に突きつけ、こんな台詞をかます。

2023.01.05(木)
文=永瀬 隼介(作家)