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 豊川悦司さんが、2023年公開の映画『仕掛人・藤枝梅安』で演じる主人公・藤枝梅安は、人の命を救う「鍼医」と、人を殺める「仕掛人」のふたつの顔を持つ人物です。子どもの頃から梅安が好きだったという豊川さんは、梅安のどこに惹かれ、どこに共鳴しているのでしょうか。豊川さんに聞きました。


食事の瞬間だけは仕掛人だと忘れられる

──人間の生きざまを描き続けた池波先生の作品には、食べ物で季節や日常の生活を表現している場面が多く登場します。今回の映画でも食卓の風景が多く登場しますが、とくに印象に残っているシーンはありますか?

 どの食事シーンも演じていてとても楽しかったです。食事のシーンは、もちろん池波作品の要ではありますが、映画を「エンターテインメント」として成立させるために、監督やプロデューサーがとても大事にしていた部分でもあります。

 食事をしているその瞬間だけは自分が仕掛人であるということを忘れて、誰かと一緒に過ごすあたたかさとか、おいしいものに向き合える喜びみたいなものが感じられて、演じていて本当に楽しかったですね。アクションシーンだけでも戦いのシーンだけでもない、もっとあったかい人間としての体温やぬくもりが、食事のシーンを通じて表現できたと思います。

──確かに、梅安と彦次郎二人の食事のシーンには、親密な空気を感じました。

 お酒を呑むシーンでは、もちろん本物のお酒ではなく水を飲んでいますが、撮影が進むにつれて、愛之助さんとの食事シーンがどんどん楽しみになっていきました。酒が入って少し気持ちがゆるんで、ふと自分の身の上話をしたり、大事なことを話したり……というのが演じていて、本当に楽しくて。

 テレビやインターネットのない時代は、目の前にいる相手がすべてですよね。だから気兼ねない相手とサシで呑むという行為は、僕が思っている以上にすごく楽しかったんじゃないかな、なんて想像しながら演じていました。愛之助さんがいないシーンでは「早く会いたいな」と思いましたし、「おじさん二人で酒を呑むのって、こんなに楽しかったっけ」と感じたほどでした(笑)。

2022.12.18(日)
文=相澤洋美
撮影=山元茂樹