政府による迫害を受け、幼い頃、アフガニスタンからデンマークへ亡命したアミン。彼は現在30代半ばとなり、仕事で成功をおさめ、愛するボーイフレンドと結婚をしようとしている。だが彼には、誰にも言えず、一人抱えてきた大きな秘密があったーー。
映画『FLEE フリー』は、難民として、そして同性愛者として生きてきた一人の男性が、自分の過去と向き合い心の傷を癒やしていくまでを、彼の語りをもとに描く。監督のヨナス・ポヘール・ラスムセンは、10代の頃からアミンと友人で、いつか彼の物語を作品にしたいと長年考えてきたという。
そして、彼へのインタビューをもとにアニメーションでその物語を描くという画期的なアイディアにより、ドキュメンタリー/フィクション、実写/アニメーションの表現の垣根を超越した映像表現が誕生した。
『FLEE フリー』は、サンダンス映画祭でグランプリを受賞するなど世界各国の映画祭で話題を呼び、ポン・ジュノ、ギレルモ・デル・トロなど名だたる映画監督たちに絶賛された。どのような過程を経て、この心震える映画が誕生したのか。ヨナス・ポヘール・ラスムセン監督に話をうかがった。
アニメーションという手法を選んだ理由
――『FLEE フリー』を見て、アニメーションと実写、フィクションとドキュメンタリーが融合した独特のスタイルにまず驚かされました。監督はこれまでアニメーション作品をつくった経験はあったのでしょうか?
いえ、アニメーションという手法を使ったのは今回が初めてです。そのため、製作には7、8年という長い時間がかかってしまいました。アニメーションの技巧を一から学ばなければいけなかったし、通常のドキュメンタリーとは全然違うつくり方をする必要があったから。アミン自身にとっても、自分の物語を話す準備ができるまでに4、5年くらいの時間が必要でした。
――アニメーションという初めての試みをするにあたって、参考にされた映画はありますか?
参考にした作品のひとつは、アニメーション・ドキュメンタリーとして有名なアリ・フォルマン監督の『戦場でワルツを』(08)。公開時にこの映画を見て、個人の実体験をもとにした物語をアニメーションで表現できると知っていたからこそ、『FLEE フリー』を撮ることができたのだと思います。
他にも、アニメーション・ドキュメンタリーと呼ばれるジャンルの短編作品はたくさん見ましたが、スタイルとしては様々なジャンルのものが僕のバイブルになりました。画家のエドワード・ホッパーや写真家のレイ・K・メツカーの作品にも大きな影響を受けたし、映画ではイ・チャンドン監督の『バーニング』(18)からもインスピレーションを受けました。
――監督がアニメーションという手法を選んだ一番の理由は、アミンさんの匿名性を守ること、つまり彼の顔をそのまま映画に映さないためだったそうですね。
ええ、この企画にアミンが興味を持ってくれたのも、まさにその理由からでした。この映画のなかで、アミンは自分の声で実体験を語っています。でも彼の顔が画面に映っていなければ、たとえば外を歩いていて見知らぬ誰かに騒がれたり、自分がトラウマだと思っていることをズケズケ聞かれたりするような事態は避けられる。匿名性を守ることで、より安心して話せると思ってくれたんです。
2022.05.31(火)
文=月永理絵