アニメーションの部分を軽く引っ掻くと現実が姿を現す

――この映画は、実際にどのような作業を経てつくられていったのでしょうか?

 まずは何度もアミンにインタビューをし、その録音素材だけを使って編集をしていきました。その編集した音をもとに、アニメーションで映像をつくっていくという段取りでした。

――アミンさんへのインタビューは時間をかけて何度も行われたようですが、映画のためにもう一度語り直してもらったり、場面にあわせて演じてもらったりすることもあったのでしょうか?

 インタビュー場面では、初めてアミンが僕に語ってくれた瞬間だけを録音しています。そこは僕が強くこだわったところです。この経験を話してくれているときのアミンの声、そして初めて人に話すという行為そのものが何より重要だったからです。

 もし一度インタビューをした後で、映画のためにもう一度語り直してもらったりすれば、最初に話したときのエネルギーは失われてしまったでしょう。それは絶対に避けなければいけないことでした。ですから僕たちのやりとりはもちろん、アミンがボーイフレンドと二人でいるときの声やそこで響く環境音も、すべてその場で録音したものを使っています。

――たしかに本作には普通のアニメーション作品以上にリアルな音が溢れていて、現実とファンタジーが混ざり合うような不思議な感覚を覚えました。監督としては、ドキュメンタリーとフィクションを混ぜ合わせたい、という意図があったのでしょうか?

 もちろんストーリーを語るうえで通常フィクションで用いるツールを使ってもいるし、過去の部分をフィクションとして見ることもできる。でもそうした部分も含め、ここに描かれていることはすべてアミンが話してくれたことがベースになっています。すべては実際に起きたことから生まれた映像なのです。

 ですから自分としては、この映画の核はやはりドキュメンタリーなのだと考えています。

――アニメーションのなかで実写を思わせる手法を取り入れているのもおもしろいですよね。

 おっしゃるように、ちょっとフォーカスが甘いショットを入れてみたり、ジャンプカットという手法を真似てみたりと、普通は実写でしかありえない工夫を取り入れています。これがドキュメンタリーであるということを、見ている人が忘れてしまわないようにしてみたんです。

 感覚としては、アニメーションの部分を軽く引っ掻いてみると現実が姿を現す。そういうイメージでこの映画をつくっていました。

長い時間をかけたことで映画は無事完成した

――アミンさんと監督は元々ご友人だったそうですが、彼に安心して語ってもらうために、どのような工夫をされたのでしょうか?

 ずっと誰にも話していなかった過去を語ろうと彼が決意してくれたのは、僕たちが元々仲のいい友達だったからです。出会ったのは1990年代、僕が15歳で、彼が16歳のときでした。それでも、アミンが本当に安心して語り出すまでには20年くらいの時間が必要でした。

 インタビューを始めた最初の1年半くらいは、お互いに「これはトライアル(お試し期間)なんだ」とよく話していました。

 あらかじめ決めていたのは、インタビュー時に部屋にいるのは僕たち二人だけにすること。彼が「やっぱりまだ心の準備ができていない」と思ったらいつでも会話を止めること。そして彼がすべてやめたいと思ったら映画制作自体を中止にすること。そういう話を、二人で何度もしていました。やがて企画が形になり出資者が集まり出すと、「そろそろ本気でこの映画と取り組もう」と二人で顔を見合わせる瞬間が訪れました。

 大事なのは、「こういう形で人と過去を分かち合うのが、自分にとってもいいことなんだ」とアミンが確信できるまで、長い時間をかけたこと。ゆっくりとプロジェクトを進めたからこそ、無事に映画が完成できたのです。

――この映画をつくったことで、お二人の友情関係に大きな変化はありましたか?

 映画をつくるためにたくさんの時間を一緒に過ごし、いろんな話をしたことで、僕たちの仲はより深まったように思います。元々仲は良かったけれど、二人の間には、常に触れてはいけないブラックボックスのようなものが存在している気がしていました。

 秘密を知られたくない、暴かれたくないという恐れから、知らず知らずに他者との間に距離をつくってしまうところが、以前のアミンにはあった。それが今回、心の奥深くに抱えていたものをようやく外に出せて、彼も以前よりリラックスできるようになった気がします。

2022.05.31(火)
文=月永理絵