高校2年生に上がった頃、あたいは日々アルバイトに売春にと忙しなく過ごしていた。
貯金もちょっと貯まって、それで姉ちゃんが実家に残していったボロボロの原付バイクを修理に出した。これで行動範囲が広がるから、少し遠くの地域であっても売春の募集をかけられる。それにバイクのシートの中には収納スペースがあったので、あたいはそこに印鑑やお金、あと通帳を隠せるようになった。もしも母ちゃんに売春で貯めたお金を知られたら、有無を言わさずに没収されるだろうし、それ以上にどういう行動に出られるかわからない。
母ちゃんはゲイを許さない、とその時から確信していた。彼女も、テレビで面白おかしく話すオカマタレントには嫌悪感を示さず笑うが、それは他人事だからだ。ゴシップが好きな母ちゃんは、有名男性歌手にゲイ疑惑が出た時「キモ」とだけ呟いて冷笑を浮かべていた。もしそれが自分の息子なら、その時みたいにせせら笑うだけで済むだろうか。いや、間違いなく怒り狂うだろう。母ちゃんはそういう人だ。
キーンコーンカーンコーン、と、授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。あたいの通っていた高校は新しめの設備が多くて、チャイムもデジタル感の強い電子音だった。毎日バイトで疲れてて、睡眠不足だったあたいにはイイ目覚ましだったわ。
高校2年生の2学期になったある日、教室移動の授業に向かうため、あたいが自分の教室から教科書を持って出ると、隣のクラスから一人の男子がちょうど出てきた。
「おう、もちぎ~」
元気よく声をかけてくれたのは、1年生の時に仲良くしていた元クラスメイトの男子、エイジだった。クラスのみんなに分け隔てなく接する子で、顔もかわいく愛嬌があったし、女子からの人気も高かった。1年生の時は彼と一緒に少人数制の授業も受けたりして、よく話していたわ。それにお互い勉強についていけなくて赤点ギリギリで、一緒にマクドナルドで勉強会をしたこともあったの。なんとなく気が合うので、まったくタイプとかじゃ無いけど好きだったわ。
「つぎ教室移動? 1階まで一緒に行こうぜ、靴箱に教科書置きっぱなしなんだよ俺」
エイジは屈託の無い笑顔でそう言った。あたいは頷いた。
「靴箱に置き勉とかやり始めたん? エイジも悪なったな~。どうせ遊んでばっかやろ? また赤点とるで」
そうあたいが言うと、エイジは誤魔化すように頭をかいた。
二人で廊下を歩いて、校舎の1階中央にまで降りて行く。あたいは大学には行かないものの、授業はまじめに受けていたし、この頃には成績もある程度取れるようになってた。けれど反対に彼は、まあまあ適当な高校生活になってきていたようだった。制服の着こなしもだらしなくなっていたのを覚えてる。いわゆる2年生の中だるみってやつだ。
当時、遊んでる同学年の子達は校内でカップルになったり、化粧や髪のセットに精を出したりしていたし、中には他校の子と合コンまがいのことをするグループもいた。けどうちの高校では問題行動するような人間は少なかったし、偏差値もそこそこ高く自由な校風だったので、わりとみんなのびのびと青春を謳歌していたわ。ちなみにあたいは高校にタイプの教師もいなかったし、青春諦め系男子と化してた。
あたいが中学の時には(周りに遊ぶようなところが無かったからってのもあるけど)そういう遊楽にふける子は少なかったので、あたいは高校に入学し、遊び方の違う同年代を見て「みんなオトナだなぁ」って強く感じたわ。いま思うとオールでカラオケとか、ファミレスで合コンとか高校生らしい可愛い遊びだったけれどね。
そしてエイジもそういう遊び方をする子だった。
当時のあたいは、「ノンケ(異性愛者)の17歳くらいの男の子って、同年代の女子が好きな子が多いから、遊び方も恋の仕方も等身大で素敵だな」って思ってた。彼らと違ってあたいは、そんな年相応の青春よりも公園でフリスビーとか、本屋で立ち読みする方が好きだったし、それに大人の男性が好きだからデートとかもエスコートされたいと思っていたので、自分は未熟なガキンチョの感性のままなんだなぁって感じていたわ。
悲観的ではないものの、ますます自分は周りの〝普通の男子高生〟とは違うんだなって思いを深めていた。
「でも俺、もちぎが思うほどリア充じゃないんだよな~。けっこうオタクだし、高校上がってからも少年ジャンプとか読んどるよ」
二人で靴箱がある玄関ホールに着くと、エイジはそう謙遜するように切り出した。当時はまだまだマンガ・アニメ文化への風当たりも強く、それらを楽しむのは、電車男(映像化されたアキバ系オタクのラブストーリー)で扱われたような典型的なオタク男性だというのが世の一般的なイメージだった。
確かにそういったオタク系の子達とも分け隔てなく話しているところは見たことあるけど、どうしてもエイジのイメージにはそぐわなかった。彼は生粋の外向的ムードメーカーな人間に見えるし、そういうグループで活動するのが苦でも無さそうだったから。
エイジは自分がリア充(リアルが充実したイケイケで外向的な人間の俗称)だと思われたくないと、あたいに否定してきたけれど、彼がつるむ友達はオシャレで彼女のいるような男子ばっかだったし、女子もスカート短めのやんちゃなギャルが多かった。といっても、みんな根はまじめな若者だったけど。とにかく類は友を呼ぶというか、エイジの周りの子はエイジに似てキラキラした人気のある子達だったように思う。そんな子達と並んでいる彼が、そういった2次元の文化に慣れ親しんでる姿は想像しづらかった。もちろん趣味と見た目は関係無いし、カナコの例にあるように活発な子でもアニメ・漫画・ゲームが好きな人は好きなんだけど。
「まぁ姉ちゃんほどオタクじゃ無いけどな。うちの姉ちゃんってほんと引くほどオタクでさ~」
エイジは取り繕うように話を続ける。置き勉を取った後、廊下を二人で歩きながら彼はカバンから本を2冊取り出して、あたいに見せてきた。
そこにあったのは、“メガネBL”と書かれた商業BLのコミック本だった。あたいはめちゃくちゃ焦った。本屋で見たことあるBLコミックが、まさかのエイジのカバンから唐突に出てきて話題にのぼるとは思ってなかったから。
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