あまった食材の使い切りや食べ切りって、いわば冷蔵庫内の“帳尻あわせ”。そして時に、おいしいものを食べて発散するのも“心の帳尻あわせ”的なこと。食と気持ちの帳尻あわせライフをつづる、フードライター白央篤司さんの連載です。
残りものをうまいこと使い切ったときの爽快感がたまらない
自炊を日々続けている人のための「ごほうび料理」、なんてものがあるように思う。それは例えば中華丼とか、あんかけ焼きそば、皿うどんのたぐい。あるいは豚汁、けんちん汁などの具だくさん料理だ。イチから作るのは具材をそろえるだけで大変だけど、使い切れない食材がたまってくると、「あ、〇〇の具材がほぼそろってる」、なんて時がたまにある。
先日原稿書きで思いのほか疲れてしまい、食べたいものがまるで思い浮かばなかったある昼のこと。インスタを見れば友人が皿うどんを上げている。ああ、久しぶりに食べたいな……と思った瞬間ひらめいた。うちには今、キャベツもにんじんも豚肉もあるじゃないか。もやしも1/3袋残ってるし、仕事で使ったあさりの水煮缶詰もひとつあるはず。
「作れる!」と思った瞬間うれしくなる。食べたいものが見つかった喜びにプラス、半端に余っていたキャベツ(1/4玉)やにんじん(1/3本)、豚こま切れ肉(多分110gぐらい)が一掃できるという興奮。パアァ…と曇天が開けて光が差したような気持ちになり、この思いの高ぶりが途切れないうちに麺を買わねばと近くのスーパーに走った。日頃はモノグサなくせに、こういうときの瞬発力だけはあると我ながら思う。
まずはフライパンに油をひいて弱めの中火にかけ、焼きそば用麺を入れて焼きをつけていく(※パリパリ麺も太麺もなかったので、焼きそば麺に変更している。ここは妥協)。5~6分ぐらい、いじらず放置。いじりたくなっても、がまんする。その間にキャベツ、にんじんを刻む。豚こま肉をほぐして大きさをざっと切りそろえ、軽く全体に塩をしておく。
にんにくも数枚スライス、別のフライパンに油と一緒に入れて軽く熱し、香りが出てきたら豚肉を入れ、赤みが半分残ってるぐらいで火を強めて野菜を全部入れ、酒少々をふってフタして2分ほど蒸し焼きに。このあたりで、焼きつけてる麺をひっくり返す。全体にこんがり茶色のこげがついてるほうがおいしいと、私は思う。
あ、そうだ。チクワとナルトも入れよう(ナルトはラーメン、ちくわはうどんなど汁物の具用に冷凍常備してある)。輪切りにして、蒸している野菜のほうに加える。あさり缶詰も汁ごと加え、全体が軽くひたるぐらいの水も加えて今度は煮ていく。なるとのピンクがいかにも「皿うどん」という感じを醸してくれて、いいものだ。沸いたら味見をして、鶏がらスープの素少々と塩、こしょうで調味する。あさり缶は塩気がわりとあるし、チクワやナルトからは割と甘みもでるので、ここで塩する前に一度味見するの大事。5~6分ほど煮たら、とろみをつけて完成だ。
きのこが余っていれば一緒に煮てもいいし、にらを仕上げに入れてもおいしい。ちんげん菜や小松菜が余ってたらドンドン入れよう、栄養価も高くなる。カルシウムをとりたいなら水ではなく牛乳で煮るのもいい。
さあ食べよう! 食材の種類が多いので食感も豊か。多品目で栄養的にもいいよなあ、なんて思うとちょっと気分がいい。味わいながら、家庭料理というのは「余りものバトンリレー」みたいなものだなと思う。あんかけの中のキャベツもにんじんも豚も、先日の別の料理で使った残りもの。と書くと味気なくもあるが、残りものをうまいこと使い切ったときの「小さな爽快感」というのは自炊者にとってうれしく、特別なものじゃないだろうか。
小さいことだけど、誇らしい。私にとっては生活の張り合いのひとつ、なんて言ったらさすがに大げさだろうか。さて冷蔵庫の中の食材がさびしくなってきたので、食後の運動がてら買いものに行こう。またバトンリレーが始まる。
