でも時代の変化とともに、義務教育制度が始まり、学校に通うのが当たり前になる。すると親元から離れて、学校にも通わせずに弟子を育てるやり方は、個人ではできなくなってくるわけです。志願する側も、どこに話を通せば受け入れてもらえるかわからないし、受け入れる側もどうしたら弟子を見つけられるかと困ることになる。自然と歌舞伎俳優を育てられない状況が問題になり、このままでは役者の数が減ってしまうという危機に直面したのです。
そこで国が、歌舞伎役者を養成するための学校のようなものを創る。それが昭和45年から始まった国立劇場の養成事業です。今は改修のために閉場していますが、半蔵門にある国立劇場がその本拠地となりました。
さて私の話に戻りますが、猿之助さんから「国立劇場の養成所を卒業すれば弟子にする」という、いわばお墨付きをいただいたわけですから、私は希望に胸を膨らませました。口約束といえばそれまでですが、性格なのか「もし」とか「でも」といった言葉は浮かびませんから、とにかく養成所に入ることができれば弟子への道が開けるのだと、前向きな気持ちしかありません。
研修生の応募条件は、中学校卒業以上、原則23歳以下の男子で経歴不問。私は最年少の受験生でした。
家族から出された無理難題
ところが家族に「国立劇場の養成所に入りたいんだけど」と言ったところ「役者の世界は厳しい世界だから」と、養成所を受験することにすぐに賛成はしてくれず、ある条件を出されたのです。それは「都立の普通高校に合格すること」でした。
これは、絶対不可能な条件を出して、息子に歌舞伎の道を諦めさせようということではありません。そうではなく、今まで本当にやりたいことしかやらない、勉強も一切してこなかった私でしたから、大好きな歌舞伎の世界に進んでも、すぐに挫折してしまうのではないかという懸念があったみたいです。だから何かひとつでも達成して、自信をつけなさいということだったのでしょう。
しかも一般家庭で育って、好きで歌舞伎は客席から観てはきたけど、ただそれだけで受かる保証もない。先にも言いましたように、歌舞伎俳優という職業自体、本当に仕事になるか、自立して生活していけるかもわからない。そんな心情のまま手放しで「いってらっしゃい」と言えなかったのではないでしょうか。つまり受験をする努力をし、受かるという結果を出してほしかったのだろうなと思います。この決断は、子供をよほど信頼していないとできないし、すごく勇気のいることです。
今となっては本当にありがたいし、両親なりの優しさに感謝していますが、当時の私は、どうせ行かない高校に、それに役者になるのになぜ受験勉強をしなければいけないのか、と疑問でした。










