「わたしはわたしのまま、現場に行くだけで李さんになれた」

 初日の撮影は、李さんが大学で作品のティーチ・インをする場面。李さん、つまりわたしはなんだか居たたまれない空気で座っています。ここには、わたしそのものの緊張が出ているんです。

 これは映画全編に共通していたことですが、監督とクルーの方々がロケやセットの場を綿密に設定し、演じる側がそこに足を踏み入れるだけで俳優が“あ、自分はここにいればいいんだ”と理解できる舞台にしてくれているんです。だからわたしはわたしのまま、現場に行くだけで李さんになれたことは、大きな驚きでもありました。

 旅先の雪国で行き着いたべん造(堤真一)さんのおんぼろ宿でのシーンもそうです。古いピアノなどの調度品があるだけで、すぐに堤さんと息がピッタリ合ったんですから。ちなみに、わたしが雪に埋もれた道を歩いてズボッと足を取られるカットは、演技ではなく偶然足がはまってしまったんです(笑)。そんなわたしが切り取られたシーンです。

 そうした偶然を含めて、魔法としか思えない撮影現場でした。その魔法は三宅監督だけでなく、撮影監督の月永雄太さんをはじめとするスタッフの皆さんの、“映画への想い”の強さが呼び寄せたものだと思います。観客の皆さんには是非、スクリーンで味わってほしいと願っています。

深野未季=写真
島津由行=スタイリング
新宮利彦(VRAI)=ヘアメイク

衣装協力:THOM BROWNE/トム ブラウン

しむ・うんぎょん 1994年生まれ。『怪しい彼女』(14年)で第50回百想芸術大賞最優秀主演女優賞をはじめ数々の賞を受賞し高い評価を受ける。日本でも『新聞記者』(19年)では第43回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を獲得するなど、多数の作品に出演。韓国映画『The Killers(英題)』(24年)では、第34回釜日映画賞主演女優賞にノミネートされている。

INTRODUCTION

『ケイコ 目を澄ませて』(22年)、『夜明けのすべて』(24年)などで、独自の空気感を持った演出で注目される三宅唱監督が、つげ義春の「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」を原作にして撮りあげた。主演のシム・ウンギョンをはじめ、堤真一、河合優実、佐野史郎といったキャストの演技もあいまって、今年のスイス・ロカルノ国際映画祭で最高の「金豹賞」を獲得、世界的に注目されている一本である。

 

STORY

夏のビーチで、夏男(髙田万作)の前に現れた影のある女・渚(河合優実)。ふたりは何を語るでもなく浜辺をさまよう。翌日また出会ったふたりは、台風が近づく大雨の中で泳ぐのだった——そんなつげ義春の漫画を原作にした映画を、大学の授業の一環で上映した脚本家の李(シム・ウンギョン)。学生との質疑応答でつい「私には才能がないな、と思いました」と答えてしまう。冬になり、李は雪荒ぶ旅先の山奥で、べん造(堤真一)が営むおんぼろ宿に迷い込む。ある夜、べん造は李を夜の雪の原へと連れ出すのだが……。

 

STAFF & CAST

監督:三宅唱/原作:つげ義春/出演:シム・ウンギョン、堤真一、河合優実、髙田万作/2025年/日本/89分/配給:ビターズ・エンド/©2025『旅と日々』製作委員会