こうしてサンチェスとヘロンの探偵コンビが成立、ふたりはお互いの得意技を活かして犯人である「蜘蛛のタトゥーの男」を追いはじめます。犯行は続き、事件にまつわる謎も増えてゆく――なぜ現場が南カリフォルニア全域に散らばっているのか、年齢も職業もバラバラな被害者をつなぐ線は何か?
犯人が何者なのかは、開始早々の四十八ページ、第5章でさっそく明かされています。その名はデニソン・ファロー。ファローが獲物を狙い、捜査の裏をかき、犯行に及んで逃走するプロセスがたっぷり描かれ、共犯者たちとのやりとりや謀議のさまも明かされています。――と書くと、単なる犯人と捜査官の鬼ごっこの物語に見えるかもしれません。もちろん、そうした「鬼ごっこ」も、スリラーの王道というべき面白さを持つわけですが、本書の著者のひとりは〈ドンデン返しの魔術師〉ディーヴァー。それだけでは終わりません。犯人であるファローの動きが見えるからこそ、そのゲーム性が際立つのです。なぜなら私たち読者には、犯人と探偵双方の動きが一望できるからです――まるで名手同士のチェスの試合を見るように。
名犯人と名探偵の頭脳戦――本書の中にも「マインドゲーム」というそのものずばりの言葉が出てきます――は、ジェフリー・ディーヴァーが『ボーン・コレクター』『ウォッチメイカー』などリンカーン・ライム・シリーズの傑作で突きつめてきたものでした。追う者と追われる者が知力を尽くして戦う知的スリルはディーヴァーの作品の醍醐味で、本書も例外ではありません。むしろ筆者は、本書のスピード感やエッジに、初期傑作『コフィン・ダンサー』に通じるものを感じました。
そしてもちろん、ドンデン返しや意外な真相も仕掛けられています。たしかに犯人ファローの動きや共犯者についてはっきり描かれてはいますが、そこにはさまざまな誤導が隠されているのです。油断せずにお読みください。
さて、リンカーン・ライム&アメリア・サックスを彷彿させるカーメン・サンチェス&ジェイク・ヘロンですが、ライムが偏屈系名探偵キャラだとすると、ヘロンはもっと軽やかです。捜査当局に助言する自分はシャーロック・ホームズのような「諮問探偵」だとうそぶく場面もありますから、ヘロン本人も著者も「名探偵」を意識していることは間違いないでしょう。一方で、作中でいわれるようにインディ・ジョーンズ教授を思わせるところもあり、そのさらなる頭脳的活躍が期待されます。
2025.09.24(水)