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Kくんが残した画用紙

かすかな記憶を頼りに板張りのひんやりとした夜の廊下を歩いていると、Nさんはふと右側の部屋に意識がいったそうです。
前に彼が集めている昆虫標本を見せたい、と案内されたKくんの部屋の襖がかすかに開いていました。
襖をそっと開けると、床には駄菓子屋で集めたとKくんが自慢していたメンコやパチンコ、そして昔からKくんが得意としていた昆虫標本の模写が散乱していました。
『見て、このカブト。大きいでしょ』
壁にかけてあった昆虫標本を置いたあの勉強机も、当時のまま置いてありました。
『今度Nくんの家にも行きたいね』
『ウチはこんなに大きな家じゃないから嫌だよ』
『へー、そうなんだ。でも、都会ならもっといいメンコとか売ってそうだからやっぱ行きたいな。ほら、これも集めているんだ、見てよ』
そう言ってガラッと開けた勉強机の一番下の大きな引き出しには、あの時Kくんが見せてくれたメンコやコマのコレクションはどこにもありませんでした。
ガランとした引き出しの中に入っていたのは、鉛筆をギュウギュウと押し付け、何度も行ったり来たりさせながら描いたと思われるシワだらけの1枚の画用紙でした。
2025.08.10(日)
文=むくろ幽介