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深夜、お手洗いに起きると

 結局その日、Nさん一家は夜も遅いということでKくん一家の屋敷に泊めてもらうことになりました。

「布団くらい私たちで運ぶからいいわよぉ」

「大丈夫よ。動いている方が気も紛れるから……」

 布団を抱えたKくんのお母さんに案内され、Nさんと母親は大広間から離れた客間の和室に通されました。

「じゃあ、先に眠っていなさいね。お母さんもすぐ行くから」

 ストンと音を立てて閉じられた襖。

 カチコチ、カチコチ、カチコチ、カチコチと冷たい音を黙々と立てる時計。

 前に来たときはKくんのおじいちゃんが眼鏡をかけて本を読んでいたなぁ。『こら、走るんじゃない』なんてKくんと2人でぴしゃりと怒られたっけ……――布団の中でぼんやりとした記憶が蘇ってきたそうです。

 布団に潜って3、40分したかという頃、Nさんはお手洗いに行きたくなってそっと起き上がりました。

 スススッと音を立てないように襖を開けると、広間からは次第に悲しみが溶け始めたのか大人たちのかすかな笑い声が漏れ聞こえています。

2025.08.10(日)
文=むくろ幽介