この戦争がなかったら……という思いをぶつけた

――6月12日に放送された第54回の小倉の旅館シーン。のぶへの恋心も含め、千尋が嵩にすべてをぶつけた撮影の裏話を教えてください。

 のぶさんに対する恋心だけでなく、「この戦争がなかったら……」といった千尋の思いをぶつけるシーンなので、「すべて出し切ろう」という思いと、「匠海さんならすべてを受け止めてくれるはず」という思いで挑ませてもらいました。事前に2人で綿密に話し合ったわけではなく、カメラワークのことなど、最小限の打ち合わせと準備で、本番を迎えました。千尋が感情的になると、方言に変わるという難しさの中、その場で生まれる爆発力みたいなものを大事にして作り上げていきました。

――重要なシーンを撮り終えたときの感想は?

 監督さんからOKが出た後、「涙を流した方が良かったかもしれません」と、匠海さんと話しました。テストで僕はボロボロ泣いていたので、匠海さんも「監督にもう一度お願いしてみる?」と聞いてくださったのですが、最終的に「監督がOKしたものがすべてだと思う」と納得し、撮り直しはしませんでした。軍人として、涙を流さずにその場を去る方が千尋らしいと思ったんです。

――本作での経験は、中沢さん自身にどのような影響を与えたと思いますか?

 初めての朝ドラで、先輩方のお芝居をモニターで見ながら、「お芝居の選択肢は無限にある」ということを学ぶことができました。また、すべてを受け止めてくださる先輩方の胸を借りて、いろいろ挑戦することができたので、今度は受け止める側の役者になりたいという、大きな目標もできました。以前、「下剋上球児」の現場がアップしたときに、先生役の鈴木亮平さんが「この現場を超える作品にたくさん出会ってください」と仰っていたことが心に残っていたんです。順位をつけるのではなく、いろんなことを吸収できた現場という意味では、「あんぱん」は「下剋上球児」を超えたと思いますし、今後の役者人生で「あんぱん」を超える現場をたくさん踏んでいきたいと思いました。

中沢元紀(なかざわ・もとき)

2000年2月20日生まれ。茨城県出身。22年に俳優としてデビューし、ドラマ「ナンバMG5」で連続ドラマ初出演。その後も、ドラマ「ひだまりが聴こえる」(24)、「366日」(24)、「下剋上球児」(23)、映画『さよならモノトーン』(23)、『沈黙の艦隊』(23)などに出演。

連続テレビ小説『あんぱん』

NHK総合 毎週月~土曜8:00~ほか ※土曜は1週間の振り返り

「アンパンマン」を生み出したやなせたかしと暢夫婦をモデルとした物語。ヒロインの朝田のぶを今田美桜さん、柳井嵩を北村匠海さんが演じている。脚本は中園ミホさん、主題歌「賜物」はRADWIMPSが担当。「語り」を同局の林田理沙アナウンサーが務める。

2025.06.12(木)
文=くれい 響