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「いくらでも描けちゃった」創作意欲が湧き上がるように

近田 彼と順子さん、性格はだいぶ違うけど、作風に共通点はあった?

浅野 やっぱり、作風も全然異なるのよ。その人が絶対描かないような絵を、私は描くから。例えば、画材に関しても、私はこだわりがない。赤い絵の具がなかったら、代わりに紅生姜の汁を使っちゃうぐらいだから。

近田 斬新だね(笑)。

浅野 私は美大みたいなところで教育を受けてないから、どうしてもこうじゃなきゃいけないというルールを知らない。でも、彼は美大を出てるし、学校で美術を教えていた経験もあるから、私みたいな冒険はしそうでしないわけ。

近田 なまじアカデミックな素養があると、それに縛られることはあるよね。

浅野 私と付き合い出してから、彼は変わったみたい。息子さんは、「順子さんと出会ってから、それまでほとんど白黒の絵ばかり描いていた父が、色を使うようになった」って言ってた。

近田 じゃあ、むしろ順子さんの方が、彼に影響を与えてたってことだね。

浅野 そして、彼に勧められて、私も個展を開くようになったのよ。初めての個展は、63歳の時。会場は、神田のギャラリー兼バーみたいなところ。正直、私なんかが個展を開いていいものかどうか、疑問だったけど。

近田 もちろん、そこでは絵を売ったんでしょ。

浅野 売ったよ。

近田 最初から売れた?

浅野 売れた。私の絵、売れるのよ。悪いんだけど。

近田 いやいや、何も悪くないよ(笑)。その場合、一点一点に値付けをするわけじゃん。自分で値段を決めるものなの?

浅野 とても自分じゃ付けられない。「いいよいいよ、持ってっていいよ」って、タダであげちゃいそうになるもの。そのたび、「ダメ!」って注意されちゃうのよ(笑)。

近田 じゃあ、誰が決めてたわけ?

浅野 当時は、私のパートナーが決めてた。今は、キュレーター兼マネージャーを買って出てくれる若い男の子が見つかったから、その子に頼んじゃってる。

近田 それなら安心だね。

浅野 パートナーだった芸術家の彼は、「君の絵は何で売れるんだろうね。絵なんて、そんなに簡単に売れるものじゃないんだよ」って首をひねってたけど(笑)。

近田 どのぐらいのペースで個展を開いてたの?

浅野 最初の頃は、年に2、3回やってた。

近田 すごい頻度だね。創作意欲のマグマがついに爆発したって感じだよ。

浅野 いくらでも描けちゃったのよ。

近田 しかしさあ、60歳と57歳のカップルの間に生じたそのケミストリーには、ただひたすら驚くしかないよ。

2025.06.05(木)
文=下井草 秀
撮影=佐藤 亘、平松 市聖