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こぢんまりとしたサイズ感の太東埼灯台

 お話に頷きながら、おそらく今の最後の部分は、放送ではカットになるだろうな、と思った。〈小説家たちが照らす 灯台の未来〉とサブタイトルがついた番組に、「灯台の姿は見たくない」との言葉がうまく嵌まるとは思えない。

 でも正直なところ成澤さんのお話は、私にとってはこの旅でいちばんと言っても過言でないほど、ずしんと胸に来た。

「その道を今、私たちは登っているわけですね……このへんの住民の方たちの、血と汗の結晶を」

「そういうことです」

 道端のそこかしこに彼岸花が群れ咲いて、陽があたると篝火が燃えているように見えた。

 一歩一歩踏みしめて登るうちに、だんだんと林がひらけ、坂の行く手に広がる空の分量が増えてくる。と、成澤さんが道をひょいと右へ折れた。

「ここです」

「あらまあ、可愛らしい」

 これまで見てきた野島埼灯台や勝浦灯台に比べると、こぢんまりとしたサイズ感だ。

 他の二基は八角形だったけれどこちらは円柱形で、塔の高さはたったの十六メートル。しかし灯高はなんと七十二メートル、光達距離は三十九キロに及ぶという。それだけ太東岬の標高そのものが高いということだ。

 まずは崖っぷち、かつてレーダーが置かれていたという場所に立ってみた。

 強い風の吹きすさぶ断崖ぎりぎり、わずかな草むらの中にドーナツ状のコンクリートの基礎が残っている。

「レーダーの研究をするのには、周りが百八十度以上ひらけてるところでないとね。だからここが選ばれたんです」

 味方の飛行機を飛ばしては、どれくらいの距離、どれくらいの角度であれば探知できるか・できないかを何度も試したそうだ。

「当時、ニシキタイテイという巨大な飛行艇がありましてね」

 物知らずの私の脳内で、大きくて立派なニシキタイテイはとりあえず〈錦大帝〉に変換された。いかにも旧帝国海軍が好みそうな語感と字面ではないか。

「これまたレーダーの感度を見るためにこのあたりを飛ばせていたんだけれども、そのうちの一機が飛行中に故障して、あそこの夷隅川に不時着したのを近隣住民の多くが目撃したという記録が残ってるんです」

 歴史的な出来事の起こったまさにその場所で聞かされると、当時の緊迫感までまるごと伝わってくるようだ。

2025.03.20(木)
文=村山由佳
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2025年1・2月号