この記事の連載
海と灯台プロジェクト #1
海と灯台プロジェクト #2
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海と灯台プロジェクト #24
「陸のポラリス・地上の星座」

そういえばディレクター氏から前もって頼まれていたのだった。二日間のロケを終えたら最後に、旅の感想を文章にしてその場で朗読してほしい、と。
そんなこと、きれいさっぱり忘れていた。すみません五分か十分下さい、皆様はしばしご歓談を……と頼みこみ、広場の隅っこにある木のテーブルにノートを広げる。
傾きかけた陽の光はすでに弱々しくて、ディレクター氏やカメラマン氏の焦りが伝わってくる。慌てるとよけいに働かない脳味噌を、なんとかなだめすかして文章をひねり出す。
「野島埼、勝浦、太東埼。
三つの灯台のてっぺんに立ち、丸い水平線を見渡しながら、ここから届く光を頼りに航海する人々の気持ちを思った。
夜の海はどれほど暗いことだろう。陸の灯りがどんなに恋しいだろう。
百年以上、絶えることなく私たちを守ってくれた灯台の、力と、眩しさと、孤独を、いつか物語にしてみたい」
書いては消し、また書きつける間、ぼんやりと頭に浮かんでいたのはレイ・ブラッドベリの短編『霧笛』だった。
霧に閉ざされた夜、年老いた灯台守が放つ霧笛の音を聞きつけた〈ある生きもの〉が、それを仲間の呼び声だと思いこんで海の底深くから浮上してくる。この世にたったひとり残された太古の首長竜と、何十年もひとりきりで灯台を守ってきた男。それぞれの抱える孤独が響き合う、哀しくも美しいこの物語が、昔から私は大好きだった。
自分ならいったい、灯台をめぐるどんな物語を書くのだろう。三つの灯台を訪ねて最も強く印象に残ったのは、やはり孤独―それも「灯台」という存在そのものが身の裡に抱いている孤独だった。
すべてがオートメーション化された今の時代に、灯台守は必要ない。灯台は、たまの点検時以外は訪れる者とてない岬の突端に立ち尽くし、吹きすさぶ風にさらされても横殴りの雨に打たれても、ただひたすらに海の彼方へと光を投げかけ続ける。
ふと、例の二式大艇が思い浮かんだ。
時代を少しさかのぼって、戦後に生まれ育った少年と灯台守の物語を描くのはどうだろう。川に不時着した飛行艇を操縦していた男が、命からがら戦争を生き延び、孫に武勇伝を語り聞かせる。戦闘機乗りに憧れるようになった少年はやがて、祖父に聞いた話をもとにその土地を訪れ、岬の頂上にそびえる灯台を見て、坂道を登ってゆく。その道が、かつてここに住む人々の手によって、わずかな期間で作られた道だとも知らずに。
灯台には、年とった灯台守がたったひとりで暮らしている。〈僕のおじいちゃんは凄かったんだ、もしまた戦争になったら僕も戦闘機乗りになって戦ってみせる〉と誇らしげに鼻の穴を膨らませる少年に向かって、灯台守は訥々と語り始める。きみの気持ちはわからなくはないが、自分が見てきた景色はそんな生易しいものじゃなかった、と……。
子どもにも読めるように、絵本のかたちを取るのがいいのかもしれない。だったらいっそ、灯台そのものを語り部にしてはどうだろう。
―そんなことを具体的に思い描くほどに、一泊二日の旅は、物語の種を幾つももたらしてくれたのだ。
やがて放送された番組の中で「灯台とは?」と訊かれた時、私はやや格好をつけて、フリップにこう書いた。
「陸のポラリス・地上の星座」
海をゆく船にとって、天に輝く星々にも等しい確かな道しるべ。
その存在は、見る者の憧れをかきたて、書く者の創作意欲に火をつけずにはおかない。
太東埼灯台(千葉県いすみ市)
所在地 千葉県いすみ市岬町和泉
アクセス JR外房線 太東駅からタクシーで約10分
灯台の高さ 16m
灯りの高さ※ 72m
初点灯 昭和25年
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。
海と灯台プロジェクト

「灯台」を中心に地域の海の記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
https://toudai.uminohi.jp/
◎直木賞作家が語る灯台に刻まれた海の記憶
去る11月3日、東京・青山で日本財団「海と灯台プロジェクト」が開催した「海と灯台サミット2024」に、本コラムを執筆した門井慶喜、川越宗一、澤田瞳子、永井紗耶子四氏が登壇。日本財団 海野光行常務理事とともに、取材時のエピソードや作家の視点から見た灯台の印象などを交えながら、各地に刻まれた海の記憶について語り合いました。このトークショーの模様は、「本の話」ポッドキャストやYouTubeで楽しむことができます。

オール讀物 2025年1・2月号
定価 1,500円(税込)
文藝春秋
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その土地の物語を読み解く
“灯台巡り”の旅へ
2025.03.20(木)
文=村山由佳
写真=橋本 篤
出典=「オール讀物」2025年1・2月号