この記事の連載

フジイみたいに誰か見ててくんないかな

――同じ会社の人たちも「あいつ、なんかつまんねえやつだよな」とか言ってフジイだけ飲み会に呼ばなかったり、みんなフジイのことを初めは馬鹿にしていますが、徐々に彼の魅力に気づいていきます。

ぐんぴぃ そうそうそう。それも痛快で。会社にいるマドンナみたいな女性が、彼女にちょっかいをかけてくる上司のことは袖にするんだけど、フジイにだけちょっと興味を持ってるのとかもいいんですよ。

 2巻だったかな、俳優が主人公の回がめっちゃいいですよね。高校時代にフジイとちょっと交流があって、モデル事務所のスカウトの名刺をもらったことをフジイに話した時の一言がきっかけで、今も俳優をやってる。最近になって「なんだっけ、あいつの名前?」ってフジイのことを急に思い出して、「あいつ、今何やってんだろ……」みたいな。

 で、ぱっと次のページをめくると、フジイが自宅で皿洗いをしているシーンが描いてあって、部屋にあるテレビにその俳優が映ってるんです。でも、フジイはテレビに背を向けてるから、それに気づいてるのかはわかんないんだけどね。

土岡 どんぐらい意識的にやってるかがね。

ぐんぴぃ いや、多分「フジイは見ているよ」っていうことだと思うんですけど、ここの描き方がうまい。僕も 「新空港占拠」っていうドラマに出ていたので、フジイみたいに誰かこうやって見ててくんないかな、と思いましたね。これは本当、マンガとして名シーンだと思うなぁ。

見たことのない幸せの描き方

――この作品はフジイをめぐる群像劇のような作りで、視点が1話ごとに変わっていくんですよね。なので、各話の主人公がフジイのことをどう思ってるかというのは結構わかるんですけど、肝心のフジイが何を考えているのかはよくわからない。

ぐんぴぃ そうなんですよ。フジイはミステリアスなままであるという。そこは見どころですよね。

――よくわからない存在なのに、みんなの記憶にすごく刻まれている。

ぐんぴぃ 刻まれてたり、別にそんなに刻まれてなかったりね(笑)。

 確かこの作品のキャッチコピーが「思い出さないだけ。思い出せないだけ。あなたも一度は『フジイ』とすれ違っている」。思い出せないけど、街中で会ったかもしれない一人ってことなの。でも、その人がひょっとしたら自分のことを覚えててくれてるかもしれないって、すごく幸せなことじゃない? そんな幸せの描き方はそうそう見たことがなかったので、すごく好きですね。

満員電車、いいよなあ?

――まさにカバーがそうですけど、群衆の中にフジイがいる、というシーンがすごく多いですよね。彼自身も「人が大勢いる景色が好きなんです」と言っていたりもして。

ぐんぴぃ そうなんですよ、彼は人ごみが好きなんですよね。ちなみに僕も、満員電車がすごい好きなんですよ。満員電車って、人とひっついてもなんとも言われないから。

土岡 そっち?(笑)

ぐんぴぃ 本当の寂しさを知ってる人間は、満員電車でぎゅうぎゅうになってる時に、「ああ、みんながいっぱいいていいな」って思うんだよ。

土岡 その時ぐらいしか思わないんだ(笑)。

ぐんぴぃ なあ? 満員電車、いいよなあ? 

土岡 やだよ、狭くて。

ぐんぴぃ フジイの理由とは違うかもしれないけど、ちょっとその気持ちはわかるんです。

ジジイになってもフジイにはなれない

――とはいえフジイ自身は何を考えているかよくわからないので、感情移入しにくいキャラクターですよね。ぐんぴぃさんはどのキャラクターに感情移入をしているんですか? 

ぐんぴぃ (学生時代のエピソードに出てくる)澤部とか、結構キョロキョロしちゃうやつですね。学校の 1軍の奴に気に入られたくて、なんとか話を合わせてる澤部みたいな3軍の奴の気持ちがすごいわかる。「なんでそんなだせえんだよ」っていう気持ちもわかる。それに対してフジイはどこにいても自分を持って人と接することができるから、見てると「うわ、そうだよな。フジイが正しいかもしれない」って思う。フジイが持ってる軸は、自分の人生になかった軸なんですよね。

 だけど、フジイみたいな人生になりたいかって言われたら、俺はまだなりたいとは言えないもんな。

――フジイの考え方に感心するのに、なりたいとは言えない。それはなぜですか?

ぐんぴぃ まだ僕の本当の幸せを見つけてないだけにね。まだワーキャー言われたいというか。

土岡 なんかね、起伏がある人生というかね。

ぐんぴぃ (読んでないくせに)構造で語るなよ! まあ、今は芸人として頑張っていて、ウケたり、ウケなかったり、みたいな方が刺激的で楽しいなと思うんです。楽しい一方、辛い部分も全然あるんだけどね。嫌な先輩もいるし(笑)。だけど、まだ刺激的な方がいい。ジジイになったらフジイみたいになりたいって思うけど、多分なれないんだよ。ジジイになったって、俺はこんなにどんと構えていられない。

――あらゆることに対して、フジイは判断基準が“自分”ですよね。そしてそれを他人にも応用している。「人には人の事情がある」ことをよくわかっている人です。「この人って大体こういう人だろうな」と外から勝手に決めつけないし、他人に対して雑なジャッジをしない。

ぐんぴぃ そうそうそう。雑なジャッジをしないですよね。フジイの裏側がなんにもなくて一番しょぼかったぐらいで、みんな裏側があるんですよ。

 さっきも話した会社のマドンナは、昼間は会社員なんですけど、実は夜職的なこともやっていて。そんな自分が好きじゃないから、女性は夜職のことを周囲には隠しているんだけど、なぜかフジイには言っちゃう。同じように、隠れて詩を書いてる奴とかが、なぜかフジイだけには打ち明けちゃう、みたいなことがあるんです。みんな裏があるんだけども、フジイになら言えちゃうし、フジイは何を聞かされてもジャッジをしない。そこがいいですよね。

2024.11.15(金)
文=ライフスタイル出版部
写真=佐藤 亘