睡眠は進化のプロセスに似ている

 人間の睡眠は、深い眠りの「ノンレム睡眠」と浅い眠りの「レム睡眠」を交互に繰り返すことが知られています。私たちの理論的な研究では、覚醒時には、ものを記憶する際の素子だと思われている神経細胞と神経細胞のつながり(シナプス)がだんだんと弱まり、睡眠時にはそれが回復してくることが予想されてきています。なおかつ、レム睡眠時には、私たちが覚醒時にいろいろと探索して集めた情報を間引く、つまりセレクション(選択)が行われているようだということも判明してきています。覚醒している昼間に私たちは情報を集め、睡眠時にはそれを整理して定着させているのではないか──これがいま判明しつつある見取り図です。

 睡眠時には、覚醒時に得られた情報を「いるもの」と「いらないもの」に峻別して整理しているのかもしれません。選択して「いる」と判断したものを睡眠中に自分のものにして、私たちは日々、新しい自分を作っているかもしれないのです。これは、チャールズ・ダーウィンの提唱した「変異」と「選択」による「進化」によく似た生体活動が、毎晩毎晩、脳内で実行されているとも言えます。

 変異によって新しい種が生まれ、自然淘汰によって選択されることが生物の進化のいちばん大きな原動力である──それがダーウィンの「進化論」ですが、ノンレム睡眠、レム睡眠を繰り返す私たちの脳の中では、日々新しくシナプスが作られたり強まったり、あるいは間引かれたりしているのです。その過程はまさに「進化」のプロセスに非常に似つかわしいと言えるでしょう。

 そして、そういうプロセスが毎晩4~5回繰り返されているのだとすると、頭の中で脳の回路を構成するシナプスが大進化しているとも考えられるわけですから、睡眠は人の知性にとって非常に重要な働きをしているという可能性が見えつつあるのです。

 この睡眠の機構については、細胞を透明化する技術、観察実験用の動物と測定手法の開発、試験管内での神経細胞培養と睡眠の再現といった、私たちが新しく開発した実験技術によって正しい理論であることが証明されつつあります。細胞内で睡眠に重要な役割を果たすタンパク質分子も特定が進みつつあって、分子が働くメカニズムも少しずつわかってきています。

2024.07.05(金)