実際のところ、現代社会で生活を送る私たちには、向き合わなくてはならない困難な現実が多々あることでしょう。山積する問題はとても高度で、変わらない日常のなかでの解決は難しい。そんな時、外界から遮断されて、いま向き合っている問題のエッセンスを取り出し、もう一度新しく難しい現実に向き直る機会を与えてくれる睡眠は、実に意義深く大切な行為だとも思われます。そこで研究に従事している私自身も、思索に疲れたら十分な睡眠を取るように心掛けています。たいてい考えているのは睡眠関連のことですが、考えるだけ考えた後には「寝ている脳が教えてくれるだろう」と眠ってしまいます。そして翌朝に「どんな答えを出してくれたか」を脳に聞いてみると、新しい考えが生まれていたりします。
睡眠研究の最前線
睡眠は、外界の環境から自分自身を切り離すことのできる最良の機会です。その間に脳の神経細胞は環境から得られた情報を整理し、神経細胞のつながりを強くするべきところは強くして、間引くところは間引いてと、以前とは違った脳の働き方になってくれます。明日に目覚めたら、今日とは違う「新しい自分」になっているかもしれない、次の新しい朝をフレッシュな気分で迎えられるかもしれない──そんな風に自分を刷新してくれる体の仕組みの一つが、睡眠なのです。そんな睡眠の新常識につながるのが、これから詳しくお話しする睡眠についての最新見解になります。
学術分野としての睡眠の研究を眺めると、この領域は歴史が長いぶんだけ論点や争点も少なくなく、様々な見解がある分野です。
難しい課題の解決方法は、結局は思わぬところ、そう意識的にはなっていないところに潜んでいて、それが睡眠をきっかけに姿を現してヒントをくれるのかもしれません。また、そうした経路を経ないと新しい発想やアイデアはなかなか出てこないのかもしれない、とも実感します。新しい発想やアイデアは、成長の原動力となっていくものでもあります。
そして、こうしたヒトの知的な活動の仕組みこそ、ヒトが進化によって手に入れてきた素晴らしい仕組みであるはずだ、と生物学という学問に向き合ってきた私は考えます。
本書では、私の睡眠についての思索の過程を含め、これまでの睡眠研究の流れ、新しい研究と発見の詳細と技術の解説、現在取り組んでいる睡眠健診のこと、睡眠研究の未来について、できるだけわかりやすく解説しています。
本書を読んで、多くのみなさんが睡眠の常識を書き換え、新しい常識のもとで睡眠を捉え直すことができ、十分な睡眠を確保しながら日々の活動を満喫できるようになることを、研究者の一人として願ってやみません。
「はじめに」より
脳は眠りで大進化する(文春新書 1454)
定価 1,078円(税込)
文藝春秋
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2024.07.05(金)