北村 「ベニヤ板」と江戸時代を生きる鬼平に語らせるのは、少し引っ掛かりますよね。一体だれが圓生版にこの言葉を持ってきたのか、非常にミステリです。しかし、この口演が収録されたCD解説を見ると、なんと「脚色・池波正太郎」とある。

北原 寄席に際して圓生さんが口にしたのか、もしくは池波さんの脚色であったのか……。

北村 私としては、池波先生ご自身が手を加えられたと思っています。東京の下町出身で、大変羨ましいことに寄席に小さい頃から沢山行っていた。まだ小さかった池波少年が「よかちょろ演って」と文楽さんに直接お願いしたという逸話まで残っています。「よかちょろ」は粋で大人な噺ですから、幼い頃からいかに落語好きであったか、よく分ります。ちなみに、文楽さんは「耳を塞いでお聞きなさい」と応じて演じたそうで、さすがのひと言につきますね。

 たとえば、手塚治虫作品に頻出のヒョウタンツギもシリアスなシーンに突然登場します。話が崩れてしまうんではないかというような心配もある中で、わざわざ遊び心を入れる。これは落語にも共通します。柳家喬太郎さんが怪談を演る際、シリアスなシーンに差し掛かったところで「お前、ピグモンかい」と言って、お客さんがわーっと笑う。ウルトラマンが大好きな喬太郎さんならではの外し方ですよね。

北原 原作中には「揃いのコスチュウム」という言葉も登場しますが、これはセリフとして出て来るのではありません。地の文にこの「コスチュウム」があると、池波さんのユーモアが味わえますし、実は語る上ではテンポが良くなるという効果があります。

北村 これは貴重な証言が聞けましたね。「『白浪看板』と語り」でも書いた通り、私も地の文に時代設定と異なる言葉遣いを入れるのは賛成です。森鴎外は『高瀬舟』の中で「オオトリテエ」(authority)と書いていますから。

「万葉仮名」、何と読む

北原 先ほどもお話しした通り、ちょうど1年ほど前、北村さん、京須偕充さん、私で鼎談をしました。

2023.11.17(金)