北村 私としても京須さんにどうしてもお伺いしたいことがあったんです。

 落語の演目「はてなの茶碗」で「万葉仮名」という言葉が出て来ます。戦前は、今と違って「まんにょうがな」と読んでいたんです。桂米朝さん、弟子で志半ばで亡くなった枝雀さん、吉朝さんも「まんにょうがな」と言った。ここには師弟関係と共に、生きた言葉がつながっていく落語らしい口伝が見て取れますよね。また私の父が師事していた折口信夫先生も「まんにょうがな」と言っていました。しかし佐々木信綱先生による大号令により、今では「まんようがな」と言うのが一般的になりました。

 それで京須さんに伺いたかったのは、ルビのことです。京須さんが志ん朝さんの落語を活字化されていますが、その中で「茶金」(「はてなの茶碗」の関東での呼び方)を取り上げています。そこに出て来る「万葉仮名」に、ルビで「まんにょうがな」と振ってあったんです。それを見て、京須さんはすごい人だなと思って、その点についてお話を聞いてみたかったんです。文藝春秋の会議室で鼎談をしたのですが、その際にビデオに録画してあったNHKのニュース映像も持って行きました。「圓生百席」がついに完成する、というニュースでした。

北原 収録の模様が映されていて、京須さんも映っていらっしゃいましたね。

北村 京須さん、感動するだろうなと思ってたんです。「懐かしくないですか」と訊いたら、「いや、全然懐かしくないです」とおっしゃる(笑)。

北原 私としては意外な反応でした。ですがやんちゃな一面を窺えた気がしました。

北村 「ベニヤ板」の件もお伺いしたのですが、そのお答えは「『白浪看板』と語り」に書いてあるのでぜひ皆さんお読みください。

 この小説については、書きながら結びをどこにしようかと考えていたんです。結末は、鼎談の場で北原さんが出してくださった話題からどんどんとつながっていきました。

北原 動いている圓生さんを映像で拝見すると、とにかく所作が美しいんです。和服の扱い方もそうですし、特にお茶を飲むお姿ですね。今の落語家さんではなかなかいらっしゃらないかもしれませんが、圓生さんは高座の途中でお茶を飲まれた。私だったら、飲む動作に集中してしまって語りどころではなくなってしまうのに、圓生さんは口演を止めることなく、いかにもさりげなく飲まれる。その所作が「もっとお茶飲んでください!」と思うくらい美しいのです。

2023.11.17(金)