北村 当たっていました。そして昨年7月に、上中里にある「浅野屋」というお蕎麦屋さんで北原さんが「白浪看板」を演じられると伺い、オール讀物の編集の方たちと聞きに行かせていただきました。
北原 そしてその3か月後、10月には北村先生と京須偕充さんと私との鼎談の場がセッティングされ……。京須さんは「圓生百席」を始め、落語家さんの高座を録音された、落語界のビッグネームです。
北村 こうして夏から秋にかけての取材を経て書き上げたのが、「オール讀物」2023年新年号に掲載された「『白浪看板』と語り」という作品です。
北原 北村薫さんのミステリ劇場に入り込んだ一年でした。こんな経験はもう二度とできないですね。
池波さんの遊び心?
北村 私自身、朗読というジャンルが大好きなんです。一つ映画を例に出すと、1949年に公開されたキャロル・リード監督「第三の男」は往年の名作とされてきました。もちろんモノクロ映画です。昔は名画ベスト10に上げられることも多かったのですが、モノクロ映画ならではの場面やテンポ感を、今の若い人が昔の人と同じように受け入れられるかと考えると、難しいと思います。おそらく演出も今ほど手とり足とりではなく、観た人は「もてなされていない」「不親切だ」と感じる。つまり、古い名画を味わうためには想像力が要るけれど、現在では技術の発展によってより分かりやすく、楽に味わえるようになっていると言えるのです。一方、想像力を必要とするものは、それだけ深いともいえる。情報が音に限られる分、聞き手それぞれが登場人物を思い浮かべられるというすばらしさは、朗読ならではのものです。
北原 ありがとうございます。落語も口演するものとして、同じ要素があるかもしれませんね。
北村 そこで再び北原さんに質問です。私が出した宿題の答えは、一体何だったでしょうか。
北原 「ベニヤ板」でしたね。
そもそも「白浪看板」とは、白浪、つまりは盗賊が心の中に掲げる看板、矜持のことです。盗人の頭である夜兎(ようさぎ)の角右衛門が、偶然出会った女乞食のおこうが述べた看板に胸を打たれるという、核心的な場面があります。その縁で夜兎の角右衛門はお縄となり、「鬼の平蔵」こと火付盗賊改方の長谷川平蔵と対峙します。そこで鬼平は、夜兎角右衛門が述べた看板は盗人の虚栄だと説くのですが、圓生さんの口演では、原作にはない表現で、「にせもの」を意味するところの「ベニヤ板」と語っている。
2023.11.17(金)