現代を見る視線を更新するような視点を持った創作。この「現代を照らし返す」という姿勢は、少し後に宮崎の口からさらに深められた形で語られることになる。
「パクさんが究極を極めてしまった」
1991年、高畑の『おもひでぽろぽろ』完成後、宮崎は次のようにコメントしている。
「この映画の出現によって、大きな課題が生まれてしまったと思います。(略)具体的に説明すると、『おもひでぽろぽろ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』などの作品は、管理社会に生きている若い人への応援歌だという点で、一見違うように見えて、実は同じだということなんです。それをやれば、観客は大変喜んでくれることもわかった。しかしパクさん(高畑勲監督)は、その方向を今回の作品でつきつめるところまでつきつめてしまった。平和な世界で女の子の自立を描くという企画は、この映画で究極を極めてしまった感があるんですね」(※3)
では、極めてしまった先はどこへ行けばいいのか。宮崎はこう続けた。
「ジブリとしては、次の作品の企画で方向の大転換をはからなければいけない時期にきているようなのです。(略)その時代の転換点をえぐりとるような作品を作るべきだということはわかっているんですが、具体的にどういう作品にすればよいかつかんでいません。おそらく誰にもわかっていない。私たちはいまそれを模索している段階なんです」(※3)
当時は冷戦終結から間もなく、1991年1月からは湾岸戦争も起きている。冷戦下の秩序がほどけて、それまでと違った形へと世界が変化し始めた時期といえる。こうした時代の変化を背景に、「現実を照らし返す」よりもさらに踏み込んだ、「時代の転換点をえぐりとる」ことの必要性が訴えられている。
これはつまり『ナウシカ』の時に浮上した“宿題”が、時代の変化を受けてより深まった形で示されたと考えることができる。そしてこの「時代の転換点をえぐりとる作品」という目標が、『もののけ姫』へと繋がっていくことになる。
『ナウシカ』から13年、『おもひでぽろぽろ』から6年。『もののけ姫』は、そうして抱えてきた課題に向き合う作品として、絶対に作らなくてはならない作品だったのだ。だからこそ、初期設定版の『もののけ姫』はそれに応えられるだけの“器”ではないと判断されたのだ。
しかし、そこから『もののけ姫』の概略が定まるまではさらに時間がかかることになった。1993年末に初期設定版が絵本として出版され、1994年8月には具体的に企画準備がスタートした。
このころ時代はさらに複雑な様相を見せていた。冷戦後新たな民族紛争が起きる一方で、日本ではバブル経済が崩壊し、資本主義に行き詰まりを感じる人が増えていた。また、1980年代に夢見られた、ある日、突然世界の終末が訪れるといったロマンも、リアリティを欠くようになっていた。このような時代と切り結ぶような物語とはどのようなものか。
ながらくアイデアには初期設定版の影響が残っていたが、途中、CHAGE and ASKAのためのPV『On Your Mark』(1995年公開)を監督したことで宮崎の頭が切り替わる。1995年4月、新しい企画書にはこう書かれた。
2023.08.04(金)
文=藤津亮太