そうした状況に対し、二郎はあたかも近代化の破産をすでに知っている決定論者のように描かれている。決定論的なのは、二郎の妻・菜穂子が結核を病み死んでいく過程の描き方も同様。本作は「近代化の破産と死が待ち受ける、選ぶことのできない一直線の人生」という形で人生を描き出し、そこにエロスとタナトスを強烈に匂わせたのである。

 では3本目にあたる、最新作『君たちはどう生きるか』では、どのように戦争と個人が扱われたか。

(※次のページでは、映画『君たちはどう生きるか』の内容の一部について触れています。未見の方にとってはネタバレになる要素を含んでおりますので、ご注意ください)

 

『君たちはどう生きるか』に登場する“重要な場所”とは

 同作の舞台は確かに、アジア・太平洋戦争中の田舎だが、ここで注目したいのは、作中に重要な場所として登場する「塔」だ。

 すでに映画を見た人たちは、スタジオジブリになぞらえるなど、さまざまに「塔」の存在を解釈しているが、『もののけ姫』以降の流れを想定してみると、この「塔」そのものが日本の近代化を象徴している、とも考えられるのではないだろうか。なにしろこの塔の起源は「御一新」(明治維新)に遡るというのだ。

 そう考えると「塔」と縁の深いあるキャラクターは、近代化という歴史の流れの中で自分の理想を追い求めた、『風立ちぬ』の堀越二郎の別側面のようにも見えてくる。そうした描写を通じて、本作は現在と未来を照らし出そうとしたのではないか。

 宮崎は映画における物語性について、次のように語っている。

シンプルでストロングなストーリーをどう実現するか

「うんとシンプルでストロングなストーリーで端的明瞭っていうのが映画では一番いいんだっていうのは、ほんとそのとおりだと思うんですよ。でも、そのとおりなんだけど、それだけでやってしまうと、この現代の世界は取りこぼしてしまうんですよね。だから、今というのは、シンプルでストロングなストーリーをどうやって実現するのかっていうのが、ものすごく問われてるんだと思うんです」(※4)

 シンプルなストーリーに「近代化」の要素を組み合わせることで、現代という時代を照らし返そうとする試み。『もののけ姫』以降の3作品を、そういう挑戦として捉え直すとまた新しい発見があるのではないだろうか。そう考えると、『もののけ姫』がどのような立ち位置の作品であるかもいっそうクリアに見えてくるはずだ。

※1)絵本『もののけ姫』(徳間書店)
※2)『ジブリ・ロマンアルバム 風の谷のナウシカ』(徳間書店)
※3)『ジブリ・ロマンアルバム おもひでぽろぽろ』(徳間書店)
※4)『風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡』(宮崎駿、ロッキング・オン/文春ジブリ文庫)

2023.08.04(金)
文=藤津亮太