『もののけ姫』(1997年公開)は、宮崎駿監督のフィルモグラフィーにおける「異色作」だ。たとえば、それまでの宮崎作品の特徴である、伸び伸びとして闊達な動きは抑制され、精神を解放させるような飛行シーンは登場しない。登場人物が、自分の心を縛る枷から解放される救済を描くこともない。

 しかし本作は、それでも、作られなくてはならない作品だった。

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一度お蔵入りになった映画化の背景――“30点”だった『ナウシカ』の評価

『もののけ姫』の原点は古い。1980年、宮崎はTVスペシャル用の企画案として『もののけ姫』のイメージボードを描いている。このイメージボードは、映画化企画として浮上した1993年末に絵本として出版されている。どうして出版されたかといえば、映画にするにしても、1980年代に描かれたこの内容のままではダメだということがはっきりしていたからだ。一度、形にして仕切り直そうとしたのである。

 宮崎は同書に「最大の問題は、物語の世界が、従来の映画や民話からの借物であり過ぎる点でした。日本史や農耕文化史、大きな歴史観が劇的に変わりつつある時代に居あわせながら、その成果が少しも反映されていません」(※1)とこの初期設定版の弱点を記している。宮崎がこれから作ろうと考えている作品のベースたり得なかったのである。

 宮崎はどのような作品をイメージしていたのか? それを探るには、少し時間を遡る必要がある。

 1984年、『風の谷のナウシカ』でプロデューサーを務めた高畑勲監督は製作会見で『ナウシカ』について「巨大産業文明崩壊後1000年という未来から現代を照らし返してもらいたい」という期待を込めた文章を発表した。

 そして映画完成後、高畑は「プロデューサーとしては万々歳」と出来栄えを称えた上で、「ただ、宮さんの友人としての僕自身の評価は30点なんです」(※2)と語った。

 

高畑の“辛口評価”の真意は?

 この『ナウシカ』への辛口の評価は、作家・宮崎駿の実力を知っているからこそ完成した映画が必ずしも「現代を照らし返す」ものになっていないことを惜しんでの「30点」であると高畑は説明している。

2023.08.04(金)
文=藤津亮太