その私生活では、離婚前提で妻と別居中、若い恋人がいるが、娘には構ってほしい――この辺は後からできた設定だが、こういう風にしてしまったので、話に奥行きが出たと言えるか、混乱したと言うべきか。しかし岩倉の彼女の実里さん、ちょっと世間とずれた性格が個人的には好きなんですよね。
作家はどうやって登場人物を生み出しているか――その一端を想像していただければ幸いである。
キャラクターを作る時には、表に出ない裏設定もある。
小説に登場する全てのキャラクターに細かい設定をすることは難しいが、主要登場人物に関しては、細かい行動・性格の設定をしておくのが普通だ。中にはきちんと履歴書を作る作家もいるそうだ。私はそこまでやらないが……いずれにせよ、裏設定をすることで、人物造形が薄っぺらくなるのを防ぐことができる気がする。特有の考え方や行動の背景には、過去のこんな事情が関わっていた――という感じだ。実際にはそういう事情は書かずに、作家の頭の中で転がしているだけ、ということなのだが。
そういう「背景」を表に出さなければならないこともあるのだが、どう描いていくかは難しい。ストーリーの流れを阻害しないためには、できるだけシンプルに書く方がいいのだが、そうすると単なる「説明」になってしまって味気なくなる。
過去の出来事と現在のリアルタイムの展開を交互に書いていく手もあるが、これだとスピード感が落ちるし、シリーズものにはそぐわない。
そこで「外伝」である。「アナザーフェイス」でも使った手だが、本編が始まる前の若い時代を描いていくことで、「今」の主人公がどのように形作られたかが分かる、という手法だ。
岩倉に関してもこの手法を使い、自分の中にあった裏設定をほぼ出した。かつて捜査一課の中でも強行班の他に火災班にいたこと、「アナザーフェイス」の大友鉄が実里を紹介した詳しい経緯……まだ二十代、警察官として駆け出しの岩倉が、五十代でこういう人間になるまでに何があったか、さまざまな出来事を描いてきたつもりである。これで少しでも、岩倉のベースが分かってもらえれば、作者冥利に尽きる。というわけで、ヤング(後半は若くもないが)岩倉の活躍をお楽しみ下さい。
とはいえ、一つだけまだ書いていないことがある。結婚当初から何かとぎくしゃくしていて、やがて別居・離婚に至る妻との出会いである。
正直に言おう。実はこの件、裏設定でもまったく考えていなかった。後づけで理由はいくらでも作れるだろうが、今のところは謎のままにしておこうと思う。全部明らかにならなくても、それはそれでいいのではないだろうか?
どうしてこの設定を考えていなかったか?
単に忘れていただけです。
(「あとがき」より)
2023.03.31(金)
文=堂場 瞬一