沖縄の歴史を語る上で避けてはならない沖縄戦の記憶

――米兵による性的暴行事件をきっかけとした物語ですが、本作は沖縄にまつわる数多くのトピックが全部盛りというくらい詰まっています。沖縄戦も外すわけにはいかない題材になっていました。

 沖縄の歴史を語る上で避けてはならないことだと思います。もちろん琉球王朝時代からの苦しみもありますが、基地問題を考える上では沖縄戦が起点ですから。戦争の話をちゃんと組み込もうと思ったもう一つの理由は、第2次世界大戦の記憶が今薄れつつあるということ。私より上の世代もそもそも戦争を知らない世代なので仕方がないことでもあるのですが、語り継いでいくべきことだと思っています。

 私が子供の頃ってまだ終戦記念特番が必ずあって、各局が終戦記念ドラマをつくっていたけど、今それがほぼない。視聴率が取れないかららしいのですが、このままではあの戦争を知る手立てが年々なくなってしまう。

 今ドラマで戦争が顔を出すのってせいぜい朝ドラぐらいですよね。沖縄の人なら子どもの頃から平和教育を受ける機会がありますが、沖縄がどんな目にあったかを知らない本土の人はたくさんいると思います。だからこそ、慰霊の日も含めて、ちゃんと伝えていかなくてはいけないなと思いました。

――広島や長崎はもちろんのこと、日本で唯一民間人を巻き込んだ大規模な戦闘が行われた沖縄は、本土の人の戦争経験とは全く異なります。にもかかわらず、終戦の日は知っていても、慰霊の日のことを知らないという人は案外多い。

 案外どころか、ほとんど知らないと思います。本土のニュースでスルーされている沖縄の話題は多い。慰霊の日に沖縄にいたのですが、テレビもラジオも朝からずっと特集番組をやっている。でも本土では「慰霊の日でした」と報じる映像がストレートニュースで流れるだけ。これは慰霊の日に限らず、普段からなのですが、たとえば同じNHKでも、本土のNHKとNHK沖縄で流れているニュースが違うんですよね。横田基地やPFAS汚染の問題など最近耳にすることがあると思いますが、PFAS汚染は沖縄ではずっと前から起こっていた問題であるにも関わらず、あまりに報じられてこなかった。

――たしかに筑紫哲也さんがニュース番組をやっていた頃はよく沖縄の話題を取り上げてくれていましたが、近年は伝えてくれる番組がないですね。

 「沖縄の問題」とされてしまっているものは、全国ニュースでなかなか扱われていないですよね。それも歴とした「日本の問題」のはずなのですが。

社会派ドラマは日本でもっと作られていいのではないか

――「フェンス」というタイトルに込めた思いをお聞きしたいです。

 「フェンス」というタイトルはプロデューサーの北野さんが企画時点からつけていたものです。米軍基地を囲むように存在するフェンスはもちろん、ジェンダーや人種など、いろんな間にある心のフェンスについても描いている作品なので、非常に言い得て妙なタイトルになっていると思います。

――民放の地上波ではつくれないというお話もありましたが、本作のような社会派のドラマが少ないのは、つくり手がリスクを避けている印象があります。野木さんの近年の作品はそんなエンタメ業界への抵抗を感じます。

 抵抗なんて大げさなものではありませんけど、もっと作ればいいのにとは思います。日本は民主主義で表現の自由があるのだから、何も問題がないはずです。ただ気を付けなければいけないのは、やるのであれば、細心の注意を払わないといけないということ。

 現実の問題を扱う場合、それ相応の裏付けが必要で、雑に扱っていいものではない。取材が必要なのはそのためです。ただ、日本では「社会派ドラマ」があまり受け入れられていないようにも感じます。

――恋愛でもなんでも、突き詰めたらすべて「社会」であるのに、「社会派」は受け付けられないと。

 「難しい」と思われてしまう部分と、今日本に余裕がないので、楽しいものだけを見ていたいという防衛反応もあるのかなと思います。

――本作をどういう方に届けたいですか?

 やはり沖縄のことをあまり知らない本土の人には観ていただきたいです。ネット上では偏見に満ちた言説がよく出回りますが、事態はもっと複雑で、良い悪いを白黒はっきり言えるようなことではないことをまず知ってもらいたい。実際に基地の話や政治の話をしたがらない沖縄の方はとても多いです。

 友達同士や家族間でも立場によっては引き裂かれてしまっていて、それぞれが複雑な思いを抱えている。そのつらさを沖縄の人たちに強いてしまっていることを知ってほしい。沖縄の人に向けては、年代や立場を超えた相互理解につながったらいいなと思っています。しがらみに囚われている人がいたら、そこから逃げるという方法もある。大切なのは、多様な選択肢があることですから。

野木亜紀子(のぎ・あきこ)

脚本家。代表作に映画『罪の声』『アイアムアヒーロー』『犬王』、ドラマのオリジナル作品に「アンナチュラル」「MIU404」「コタキ兄弟と四苦八苦」など。「獣になれない私たち」で第37回向田邦子賞を受賞。

「連続ドラマW フェンス」

毎週日曜午後10時より放送中(全5話)【WOWOWプライム】【WOWOW4K】
WOWOWオンデマンドにて配信中[無料トライアル実施中]

出演:松岡茉優 宮本エリアナ 青木崇高 ほか

脚本:野木亜紀子(「アンナチュラル」「MIU404」『罪の声(塩田武士原作)』)
監督:松本佳奈(「きょうの猫村さん」「連続ドラマW パンとスープとネコ日和」『マザーウォーター』)
音楽プロデューサー:岩崎太整
音楽:邦子  HARIKUYAMAKU  諸見里修  Leofeel 
主題歌:Awich「TSUBASA feat. Yomi Jah」(UNIVERSAL J)
プロデューサー:高江洲義貴 北野拓
製作:WOWOW NHKエンタープライズ
番組特設サイト:https://www.wowow.co.jp/drama/original/fence/

2023.04.07(金)
文=綿貫大介