香港に通い詰めるようになって四半世紀以上。レストランのプロデュースも手がける美食家のカメラマン菊地和男さんは香港で何を食べているのか? 今回は菊地さんの定番料理と言えるメニューのベスト10を挙げてもらった。庶民の味から高級料理まで、ありきたりのガイドブックとは違う、奥深い香港の食の世界にご案内します。

豉油皇乳鴿(福臨門魚翅海鮮酒家)

 いつのことだったか。香港人の友人を案内して上野公園を散策していた時、そこかしこを飛び交うハトの姿を目にした友人がジョークをつぶやいた。

「Oh! It’s my dinner」

 とりわけグルメではなく、あれだけおいしいものにあふれている地元香港でも、欧米から進出しているファストフードの食事で満足してしまうレベルの舌の持ち主だ。しかしながら、ハトはごちそうであることは、その舌がきちんと記憶している。

 広東料理を謳うレストランなら、高級店であろうと大衆的な店であろうと、ハト料理が数種類並ぶ。丸のままカラッと素揚げしたもの、ウスターソースをベースにしたようなジャンクな味の「OKソース煮込み」という大衆的なもの等さまざまあるが、何といっても醤油煮込みに、私は軍配をあげる。

 甘辛く、しかしくどいほど濃厚ではないタレで煮込まれたハトは、かぶりつくとキュッと歯に抵抗のある皮の食感が楽しい。口に広がるタレの味と共に、鉄分、平たくいえば血の味を感じる肉をかみ締めると、「ああっ~」とハトを食べている至福の時を迎えるのだ。合間に赤ワインをグビリ……。口の周りも指先もめいっぱい汚しながらも、さながらフレンチをいただいているような錯覚にさえ陥る。

 2人で1羽を頼めば、半身ずつそれぞれの部位のおいしさを堪能できる。が、問題は最後に残った頭だ。譲ってもらい「すまない!」と躊躇しつつも歯をいれ脳をすする。そして私のささやかな幸せの瞬間は、絶頂を迎えるのであった。

福臨門魚翅海鮮酒家
所在地 香港灣仔莊士敦道43-45號
    九龍尖沙咀金巴利道53-59號
URL www.fooklammoon-grp.com

菊地和男
1950年東京生まれ。日本広告写真家協会会員。世界各国の食と文化をテーマに撮影・執筆を行うほかレストランのプロデュースにも関わる。1969年以来、香港には度々渡航。著書に『 香港うまっ!食大全』(新潮社)、『中国茶入門』(講談社)、『茶人と巡る台湾の旅』(河出書房新社)、『ダライ・ラマの般若心経』(共著/ジェネオン エンタテインメント)など多数。

2013.11.21(木)