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「これこそ僕が生涯をかけてやりたいことだ」

 最初から説明しよう。そもそも、なぜ私がこの役を依頼されることになったのだろう。実際、私はこの役に打ってつけというわけではなかった。それまでの約20年間に私が演じてきたのは、魅力的な探偵というより、かなりの悪人役だったからだ。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーでは、『ベニスの商人』でシャイロックを演じ、ベン・キングズレーがオセロなら、私はイアーゴだった。BBCの全6回のドキュメンタリー・ドラマではジークムント・フロイトを演じ、ぞっとするような破滅的な愛を描いたトルストイの『クロイツェル・ソナタ』のドラマ版では、ラジオドラマ賞も受賞した。

 ところが皮肉なことに、アクトンのあのインド料理店での話へとつながったのは、さらにまた別の悪人役だった。それは『ブロット・オン・ザ・ランドスケープ Blott on the Landscape』というトム・シャープの優れたユーモア小説――1985年にBBCでドラマ化された――で、私が演じたブロットという風変わりで意地の悪い庭師の役だった。つまり、私が後半生の大部分をともにした小男、ポワロを演じることになったきっかけは、貴族の女主人とその田舎の邸宅を開発業者から守るため、何かにとり憑かれたかのようにあらゆる手段を駆使する、あの奇妙な男の役だったのである。

 ポワロが初めてそばに現れたとき、私は41歳だった。18歳のとき、ナショナル・ユース・シアターのメンバーだった私は芝居の虫にとり憑かれ、ロイヤル・コート・シアターの舞台袖で、「これこそ僕が生涯をかけてやりたいことだ」などと思っていた。

 父は、私に自分の跡を継いで医師になることを望んではいなかった。しかし、役者になりたいと言ったとき、父はショックを受けていた。私は学校でも演劇をやっていて、校長先生も「デビッドが本当に得意とするのはほとんどそれだけ」などと父に話していたが、それは全くの間違いで、私はラグビーやテニス、クリケットもかなり上手だった。ただ、父はやはり役者になりたいという私の考えを喜ばず、仕方がないとしぶしぶ認めたにすぎなかった。

ポワロと私: デビッド・スーシェ自伝

定価 2,970円(税込)
原書房
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2022.11.09(水)
文=デビッド・スーシェ、ジェフリー・ワンセル
訳=高尾菜つこ