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ポワロ役を依頼された1987年

 アガサにとってそうだったように、ポワロは私にとっても現実の存在だった――ときには少しイライラさせられることがあっても、彼は偉大な探偵であり、非凡な男だった。アガサがポワロ物として33の小説と50を超える短編、一本の戯曲を書き、彼をシャーロック・ホームズと並ぶ世界一有名な架空の探偵にしたとき、ポワロが彼女の人生の一部となっていたに違いないように、彼は私の人生の一部となっていた。

 しかし、どうしてこういうことになったのだろう。なぜ私は彼のモーニング・ジャケットとピン・ストライプのズボン、黒いエナメル革の靴ときれいにブラシのかかったグレーのホンブルグ帽にこれほど長く身を捧げることになったのだろう。この背の低い、ずんぐりとした60代の男の中に、鼻眼鏡を愛用し、「しーっ!」ではなく「しっ!」と言いがちな男の中に、何か自分と響き合う特別なものがあったのだろうか。

 長い年月を経た今、振り返ってみると、どうやらそういうものがあったらしい。

 私が意味するところを正確に理解してもらうには、初めてポワロの役を依頼されたとき――1987年のある秋の晩、場所もあろうに、ロンドン西部のアクトンにあるインド料理店――へと、時間を遡る必要がある。しかし、そのためには俳優としての私自身のことや、ポワロとなぜ離れられなくなったのかについても話さなければならない。というのも、きっとわかってもらえると思うが、ポワロと私はもはや切っても切れないほどに強く結びついているからだ。

2022.11.09(水)
文=デビッド・スーシェ、ジェフリー・ワンセル
訳=高尾菜つこ