キャラクター造形は必要なかった

――記憶を忘れていく母(原田美枝子)に対し、忘れていた悲しい記憶を取り戻していく泉。繊細な表現が必要な難しい役だと思いました。

 でも泉自身にはそれほどキャラクター造形は必要なくて。そもそも、泉がどういう人間かということは、台本にもそんなに書かれていませんでした。泉は香織(長澤まさみ)と結婚したことで母親とのコミュニケーションが増えて、記憶がどんどん蘇ってきた。一方で母親は記憶を忘れていき、「やばい、今のうちに話さなきゃ……」みたいになるお話なので、シーンで説明するというよりも、映画1本を通じて親子の関係や泉という人物を作り上げていければいいなと思いました。

 ただ、泉はベースとしてレコード会社に勤めている人なので、彼がどんなカルチャーを好きで、どんな日常を過ごしているのか、ベースの部分はいろいろ考えて作りました。例えば、僕の周りにいるレコード会社の人は、みんな細身のパンツに白いスニーカーを履くんです。「あれ、なんでなんだろうね」って、衣装の伊賀(大介)さんと話し合ったんです。多分、仕事的にはカジュアルでいいけど、ジャケットさえ羽織ればちゃんとしなきゃいけない場にも対応できるからなんだろうなって。別に映画本編には関係ないし、そういう部分は見えなくても問題ないんですけどね。

 でも、泉は同じ会社の先輩である香織と何かしら理由があって結婚している。なぜ香織が泉を選んだのかみたいなところまで、台本の段階で監督とも話し合いました。

――その結論は出ましたか?

 これが結局、わかんないんですよ(笑)。泉は大した男に見えない気もしますしね。でも泉が香織を選んだ理由は何点かあって。妊娠したときのことを、香織が「実はあまりうれしくなかった」という一言は、やっぱり母親と重なるし、介護施設で母親と香織がしゃべる姿を遠巻きで映すシーンでは、2人の横顔のシルエットがそっくりで。泉はきっと、無意識に母親と近い人を選んだのかなあ、と思いました。

――『銀魂』シリーズで姉弟を演じてきた長澤さんとの夫婦役は新鮮でした。

 僕にとってもお姉ちゃんって感じがあるんで、今回はどうしようかなと思っていました。年齢的に夫婦として全然あり得る歳の差ではあるので、結局はこっちのマインドだよなって。堂々と夫婦っぽくいれば、意外とどうにかなる気がしました。大きかったのは出産シーン。映画では結構カットされていて一瞬でしたけど、あの時の長澤さん、確実に産んでました(笑)。現場でも「あたし産んだよね、今?」って言ってました。こっちも号泣しながら「産んでましたねー」って(笑)。そういう時間を共有できたことで、夫婦になれた感じはしました。

2022.09.16(金)
文=松山 梢
撮影=深野未季
ヘアメイク=Emiy
スタイリスト=伊藤省吾(sitor)