映画や小説によく引用される「ヨハネの黙示録」を読む

佐藤優

中村 私はね、聖書は「創世記」と「黙示録」を読めばわかると考えているの。それぐらい面白いし人を惹きつけるものがある。

佐藤 聖書にはかなりな数の文書が収められていますが、旧約の最初が「創世記」で、新約の最後が「黙示録」。「黙示録」は聖書の中でも特異な位置を占めていて、「未来」について語っているのはこの文書だけなんです。

中村 そもそも「黙示」って、どういう意味なんですか? 

佐藤 ギリシャ語の「アポカリュシプス」の訳語で、「隠されていた物事が神によって明らかにされる」という意味になります。

『レッド・ドラゴン』

中村 私がいちばん面白いと思うのは12章の「女と竜」。身ごもった女と大きな赤い竜が出てきて、女が産む子を狙っているという。映画化もされたトマス・ハリスの小説『レッド・ドラゴン』は、この黙示録の引用なんですね。

佐藤 フランシス・コッポラ監督の『地獄の黙示録』の原題「アポカリプス・ナウ」は、「黙示録・現代版」といったところ。黙示録は映画や小説のモチーフによく用いられてます。

中村 『オーメン』もね。「6」は聖書の中では不吉な数字で、三つ並ぶと最悪なんでしょ。だから、悪魔の子ダミアンの頭には「666」の刻印があった。13章に出てくる「第二の獣」の名前が表す数字、それが666。

佐藤 ヘブライ語の文字には数字が対応しているので、「666」はキリスト教を弾圧した皇帝ネロを表すという説があるんです。

イエスの死後の弟子たちを描く
「使徒言行録」を読む

中村 「使徒言行録」って聖書の中でもマイナーなパートですよね。

佐藤 イエスの生前から弟子だったわけでもなく、むしろ教団を弾圧する側だったパウロが、ある日突然、光に打たれて転向する。彼がキリスト教をグローバル化していく、そのプロセスを描いてます。

中村 なんか、すごく政治的でイヤな奴じゃない、パウロって。私は「ニワトリが鳴くまでに三度私を裏切るだろう」と言われて、「決してそんなことはありません」と誓ったのに心ならずもイエスを裏切ってしまったペトロや、イエスを愛するがゆえに密告してしまったユダのほうが好き。

佐藤 うさぎさんはユダびいきだから。「使徒言行録」でユダは腹が裂けて死ぬと書かれています。

中村 ユダにしてみれば、なぜ選ばれたのが自分じゃなくて、ぼんくらなペトロや、弟子でさえなかったパウロなの? って話だよね。

佐藤 今のこの聖書は、結果的に勝ち組になったパウロ教団の視点から書かれていますからね。

聖書は自己犠牲の物語

中村 イエス・キリストがカリスマとなり、いまだに崇拝されているのはなぜだと思いますか? 

佐藤 話術が巧みで、全部譬えでしか話さない。人々はその意図を考え続けているからじゃないかな。

中村 私は最終的に十字架にかけられるという、あの自己犠牲の物語が力を持っていると思うんです。いつの時代もヒットするアニメやマンガや小説には必ず自己犠牲みたいなものが隠れているでしょ。

佐藤 誰かのために犠牲になるという物語が、人々の「救われたい」という感覚をどこかで揺さぶるのではないかな。聖書が生き残っているのは、そうした人間の描き方に魅力があるからだと思います。

中村うさぎ
1958年生まれ。作家・エッセイスト。同志社大学文学部英文学科卒。著書に『ショッピングの女王』『私という病』『閉経の逆襲』『脳はこんなに悩ましい』(池谷裕二氏との共著)『聖書を語る』(佐藤優氏との共著)など多数。

佐藤優
1960年生まれ。作家。元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了。著書に『国家の罠』『交渉術』『私のマルクス』『読書の技法』『同志社大学神学部』『新約聖書I・II』(解説)など多数。

聖書を読む

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2013.09.29(日)

CREA 2013年10月号
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