今年、ショパン国際ピアノコンクールで入賞を果たし、一躍注目を浴びた小林愛実さん。幼少期から天才少女と呼ばれ、華麗なる音楽人生をおくってきた彼女が、ピアノへの思いや挫折経験、旅が与える音楽へのインスピレーションを語ってくれました。

「自分が理想とする演奏家になりたい、その気持ちが今のモチベーション」

――ピアノを始めることになった、きっかけを教えてください。

 幼い頃はすごくシャイな性格だったので、心配した両親が、人とのコミュニケーションに慣らすためにさまざまな習い事に連れて行ってくれたんです。その中のひとつが音楽教室でした。

 2歳で通い始めて、いろんな楽器に触れる機会があったんですが、なかでもピアノが気に入って、3歳の時に自らピアノを習いたいと言ったそうです。そこからずっとピアノを弾き続けています。

――ひとつのことを長く続けるのは難しいことだと思いますが、モチベーションとなっていることはありますか?

 子どもの時はピアノが純粋に楽しくて、先生に褒められるのも嬉しかったですね。負けず嫌いな性格なので、この曲を弾きたいという気持ちから、どんどん高みへと上っていったという感じでした。でもずっとモチベーションを保ち続けてきたわけではなくて、ピアノをやめたいと思ったこともあります。

――それはいつ頃のことですか?

 17歳から20歳の3年間です。幼い頃からずっとピアノを弾いてきて、コンサートにもたくさん出て、14歳でCDデビューして……。周りの人に助けられて、とても恵まれてきました。だからこそ、自分自身がピアノを弾きたくてやっているのか、わからなくなったんです。

 ピアノ中心で生きてきたから、これしかないってどこかで思っていたし、そんな気持ちが膨らんで、弾きたいと思えなくなってしまったこともありました。日本にいることがダメなのかもしれないと思って、アメリカの大学を受験して、高校3年生でアメリカに渡りました。

――アメリカに渡ったことで、心境の変化はありましたか?

 アメリカに行ったことによって、スランプが環境ではなくて自分自身の問題だったと気付いたんです。英語もわからないし、ひとり暮らしで親もいないし、ピアノを弾けない日々が続いて、先生に「愛実の心はどこにいるんだ」って言われたりしました。

 私はポジティブなほうだと思いますが、その時はかなり追い詰められていましたね。母も父も私のピアノを中心に生きてきたようなところがあったので、両親のために頑張らないといけないというプレッシャーもありました。でもある日、母に「ピアノをやめてもいいんだよ。いつでも帰っておいで」と言われて、やめてもいいんだと思って、そこから吹っ切れたんです。

――20歳の時にも、ショパン国際ピアノコンクールに出ていらっしゃいますよね。

 6年前のショパンコンクールは、勢いで申し込んだという感じでした。ピアノをやめるにしても、その前にもう一度、最後に頑張ってみようと思ったんです。またピアノと向き合う時間ができたことで、ピアノを好きということに改めて気付くことができました。

 それからはピアノをやめたいと思ったこともないし、この先も続けていきたいと思っています。自分が理想とする演奏家になりたいというのが、今のモチベ―ションですね。

――小林さんが考える、理想の演奏家像を教えてください。

 私の理想は、音楽に真摯で、作家や作品に対しても尊敬の念を持って、音楽家であり続ける、ということです。それって意外と難しいことだと思うんです。有名になったり、仕事が増えたりすると、理想としていた音楽を追求することを知らないうちに忘れてしまう。自分の音楽を追求することを忘れないでいたいなと思います。

――そのために心がけていることはありますか?

 仕事をするのも大事だけれど、音楽だけに向き合う時間を作るべきなのかなと思っています。コンサートばかりしているとわからなくなってきてしまうから、向き合う時間を作ることは大事ですね。

 日本を離れて、違う場所に拠点を置くことも良い気分転換になります。フランスやドイツのようなヨーロッパの空気を吸うと、演奏が上手くなる気がするんですよ(笑)。日本人作曲家の音楽だったら、日本にいた方がインスピレーションを受けやすいのかもしれないけれど、クラシックはヨーロッパで生まれた音楽が多いから、この場所でこの曲は作られたのかと感じることがインスピレーションになるんです。

 でも、山に登ったり自然を眺めたりするだけでも、すべてがインスピレーションになると思うし、旅はやっぱり良いですよね。

――たくさん海外をまわってこられたと思いますが、小さな頃は旅することをどのように感じていたのでしょうか?

 幼い頃は、旅が苦痛な時もありました。ロシアに行くことが多かったのですが、慣れない食事が嫌で、お味噌汁が飲みたいなって(笑)。ロシアの美術館はすべて連れて行ってもらったんじゃないかというくらい巡ったのですが、その時は小さかったのであまり興味が湧かなくて。付いてきてくれた先生やマネージャーは、すごく楽しんでいたことを覚えています(笑)。

――海外公演の際に、必ず訪れる場所などはありますか? 

 コーヒーが好きで、毎朝、自分でドリップもしているんです。旅先でも必ずおいしいコーヒー屋さんを探して巡りますね。音楽家はヨーロッパに留学している人が多いから、大体どこの国に行っても友達がいて、案内してもらったりします。食事をしたり飲みに行ったりすることもあります。

――旅にアクシデントは付きものですが、思い出深いエピソードなどはありますか? 

 実は、全然アクシデントに見舞われたことがないんですが、飛行機に乗り遅れたことはありましたね。ロンドンの乗り換えで、ボーディングタイムが開始でなく終了の時間が書いてあって、買い物をしたりコスメカウンターでメイクのタッチアップをしてもらっていたりしたら、もう飛行機が飛んでいたということがありました(笑)。

 あとイタリアでは、服の内側に貴重品を入れて歩くようにしていましたね。でも基本的に、どうにかなるという前向きなスタンスでいます。パスポートと楽譜とドレスがあれば大丈夫だと思っています。

2021.12.10(金)
文=鈴木桃子
写真=角田航
スタイリング=渡邊薫
ヘア&メイクアップ=kika