テキストに引っ張ってもらうような不思議な感覚


――濱口監督の作品に参加して印象的だったこと、監督の作品の魅力というのを教えていただければ。

 セリフのエネルギーが本当にすごいです。濱口さんは、言葉というものが持つ恐ろしさを誰よりも感じてらっしゃる方なんだと思います。濱口さん自身「テキストを信頼してください」と常におっしゃっていましたが、実際に演じていて、言葉自身から力をもらうというか、テキストに引っ張ってもらっているような不思議な感覚がありました。

――作品の中で本読みのシーンがありましたが、実際の撮影でも同じようなスタイルで本読みをやられていたと聞きました。

 はい。撮影前、撮影中も常に本読みを繰り返していました。事前にリハーサルを行うことはありますが、これだけ時間をかけて何度も本読みを行うというのは初めての体験でした。

 やってみて、あの本読みの時間は撮影に臨むための“体づくり”だったように感じました。演技の前段階のフィジカルなアプローチというか。本読みってテキストと声に向き合う時間なんです。集中して相手の声を聴くことになるから、声に対して感覚が鋭敏になる。声でしかコミュニケーションできないから相手に届けようという意識も高まります。そういう時間を積み重ねることで、相互に影響を与えやすい体を作っていく、というか。そういう効果があったように感じます。

 実は、車を運転しながら話すというのは、本読みの空間にとても似ていて。本読みは対面して話すわけではなく、お互いテキストを見ながら行います。運転中も、相手の顔を見ることはできません。言葉だけで、音だけで相手の表情なり、心の変化を感じとらなければいけない。そういった意味でも、本読みの時間が作中の運転シーンに生きてきたと思います。

2021.08.18(水)
写真=佐藤亘
文=CREA編集部